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信じてくれる他者がいること

昔話研究者の小澤俊夫さんという方は、私に「その人の力を信じること」を教えてくれた人のひとりです。それはもう、私に「大人というのはこういうものか」と感じさせるものでした。

言葉で表現するのはなかなか難しくて、あの体験をずっと書けないままでいるのですが。

小澤さんは、昔話が伝えている子どもの成長過程と大人の態度のあり方をいくつかの本で書かれています。

 グリム童話「ろばの子」では、王女と結婚したろばの子は、寝室に入るとろばの皮を脱ぎます。朝になるとまたろばの皮を着て、ろばになります。・・・・・・朝、目が覚めた若者は、ろばの皮を着ようとしますが、ありません。若者は、「びっくりして、悲しそうに、そして、心配そうに」いいます。「ああ、ぼくは、何とかして、ここからにげださなければならない」。若者がそういって、寝室から出ていくと、そこに王さまが立っていて、いいます。「おい、わが息子よ。そんなに急いでどこへ行くんだ。ここにいなさい。おまえは、そんなにも美しい若者だ。おまえは、わたしのところから、去っていってはいけない」。
 すばらしい言葉ではありませんか。こういう言葉があれば、子どもや若者は、やっと獲得した美しい姿のまま、安心して、この社会に生きていくことができるのではないでしょうか。今、私たちおとなは、子どもや若者に対して、こういう言葉をいっているだろうか、と私は自問します。
 子どもや若者の揺れをゆったりと見てやって、・・・・・・その全部をでんと胸で受けとめて、社会の一員として生きていく自信を与えてやる。それがおとなの役目なのではないでしょうか。

小澤俊夫 2007年『ろばの子――昔話からのメッセージ』

若い人たちと接していると、彼女たち彼らたちの力を信じることの大切さを、こちらが驚くほどに思い知らされることがあります。

そうやって、新しい世界へと向かっていた彼女たち彼らたちのことを、ふと想う日があります。

そして、まだ私自身が若かった頃に、「絵本作家になりたい」と言った彼女を、まっすぐに応援してあげることのできなかった自分を、いまも悔いています。

小澤さんの『ときを紡ぐ』という本は、ご自身の戦争体験を解離することなく言葉にされていて、生々しいはずのものが、昔話のようにすっと心に入ってくる本です。

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