推しのいる生活と推し活に対するスタンス。
はじめに
はじめまして。うにです。
もしかしたら、別アカウントのほうでお世話になっている方もいるかもしれませんが、一旦はじめまして。
自己紹介は話が混線しそうなので今回は割愛します。
2022年5月12日。
推しの「なにわ男子」がデビュー半年を迎えたこと。推し活について色々考えることが多くなったこと。まさに、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくりたくなった、そんな感じです。
少々お付き合い頂ければと思います。
そもそも「推し」とは
「推し」って、とっても不思議な言葉だなぁと思ったので書いてみます。
動詞としての「推し」
「推す」
そう言うとなんだか特殊ですが、とりあえず「好き」なんです。
「Love」とか「Like」とかが「好き」の構成要素だと過程すると、「推し」は「好き」+α。
「応援」が含有されている「好き」。
「Love」でもあり、「Like」でもあり、「応援」でもある…なんとも欲張りで素敵な動詞。
人それぞれその構成要素の割合は違うから、同じ「推す」でも個性があって楽しい。好き。
あ、私は辞書やないので、個人的な解釈です。
名詞としての「推し」
「推し」は「推し」
以上です!!
とりあえず、らぶです。
推しのいる生活
さて、本題1つ目。
「推しのいる生活」は潤います。ハッピーです。
ではなんでそうなんだろう?そこについて考えてみました。
『幸せを感じるきっかけが増える』
これが私の結論です。
「見てるだけで幸せ」「存在が尊い」はその最たる部分で。
推しに関連する、「数字」「文字」「地名」usw...見るだけで嬉しいんですよ。今までだったら、どーでも良かったものが「幸せ」のきっかけになるって、よく考えなくても素敵すぎます。
周りの人が幸せを感じないポイントで、幸せを感じられるんですよ、素晴らしすぎます。
例えば、なにわちゃんを推してから「728」とか「1112」とか…関連する数字を見ただけで嬉しい。
ちょっぴり落ち込んでても、レシートの「728円」をみたら「嬉しい」ってなりませんか?
そんな感じです。
加えて、同じ趣味の人と繋がって、自分の世界が広がるのも大きいことだと思ってます。
なにわちゃんを好きになってから、お陰様で多くの人と繋がることが出来ました。大人になってから、損得勘定抜きでできる友達は本当に貴重です。
私の場合、同期は出世でバチバチしてて友達では無いなって感じです。
同じ趣味で繋がって、ポジティブな想いを語り合う。
私は「好き」だの「らぶ」だの言えない人間でしたが、今ではストレートにポジティブな感情を口に出せるようになりました。それもまた幸せです。
幸せ以外ありません。ほんまに。
ありがとうございます。
とりあえず、らぶです。
推し活に対するスタンス
やっとですが、本題2つ目。
私の推し活に対するスタンスについて、少しお話出来ればと思います。
『推しも幸せ、私も幸せ』
要するにそういうことです。
公式以外気にしない
小3からあらしっくをやってきて、もちろん小学生、中学生は情弱の極みみたいな感じでした。
そのおかげ(?)で、ファンクラブメールしか情報源がなく、週刊誌とかTwitterのアレコレとかにはほぼ触れずに推し活をしてきました。
それがとても快適で。
今でも、公式発表以外は基本スルーです。
余計なことは考えず、公式発表と自分の目で見た「推しの仕事の様子」だけで推し活をしています。
したがって、「実は…だった」とか「らしい」とかそういうことは知りません。それで、誰かの地雷を踏んでしまうこともあるかもしれません。その時は、ごめんなさい。許さなくていいので、そっと距離をとってください。
ネガティブなことは発信しない
ネガティブって「疲れた」とか「しんどい」とかじゃないですよ!そりゃ、言っちゃうこともあります。
じゃなくて「誹謗中傷」です。
それは、推しに対することも、他のTwitterとかの誰かに対してもです。
別に、変なこと言ってる人は放っておけばいいんです。叩き合いなんて、時間もったいないじゃないですか。
法律的に話すと長くなるので、ざっくりしてしまいましたが、「ネガティブは発信しない、拡散しない」がモットーです。
できる範囲で応援する
「無理をしない」
ドライな言い方かもしれませんが、時間もお金も推しのためだけにある訳じゃないので、楽しめる範囲で応援しています。
テレビも全部は見てないし、グッズも結構絞って買ってます。
推しも幸せ、自分も幸せ。
それが大前提です。
推しは推せる時に推せ
これはよく聞きますよね。
ほんまにこの通りやと思います。
少し重くなります。苦手な人は飛ばしてください。
小3からあらしっく、休止後もメンバーそれぞれを推していました。でも、「推すことすらする気力がない」ってなったこともありました。
今思えば、仕事もして、プライベートも色々あり、勉強もして気力も体力も限界だったんだと思います。遅いけど、自分が元気じゃないと、推せないんだなって22~23歳で学びました。
そんな時に、なにわちゃんに出会って、みるみる私は回復したんですけど笑
あとは、生きてないと無理です。
一秒後自分が生きている保証はないので、今、推す。それだけの話です。
2011年3月11日、13歳で走馬燈を見た時、めっちゃ後悔したんですよ。
そのおかげで、自分の生き方の後悔ポイントがわかったわけですが、
私が走馬燈を見た日、私の親友は帰って来ませんでした。
毎日推し活ができることに、心から感謝して、全力で楽しんで、ふざけています。
そんなこんなで、推しは推せる時に推せ。なんです。
最後に
酔酔の状態で書くものでは無いですね!!
最後だけは簡潔に。
嵐となにわ男子に出会えて、推すことができて本当に幸せ、らぶ!!
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