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3分講談「文明開化の熱狂―兎税の顛末」(テーマ:納税)

江戸から明治へと時代が変わった、すぐの頃のお話です。

東京では、散切り頭に士族の商法、牛鍋屋に鉄道開業…と、西洋の影響を受けた新しい文化が、次々に開花・流行いたしました。そんな中でも特に、ハイカラな人々の間で一大ブームとなりましたのが、「ウサギの飼育」でございました。ウサギといっても、旧来日本にいたノウサギではなく、舶来の珍しいウサギです。特に人気があったのが、白い毛に黒い斑模様の入った種で、これは「黒更紗」と呼ばれ、なんと一羽数百円もの高値で取引されたそうなんですね。当時の公務員の初任給が四円程度というのですから、今で言えば高級車一台分くらいの値段ということになりましょう。(①)

さて、現在でもそうですが、何かが世間で流行しますと、必ず、便乗して儲けようという輩が出て参ります。明治時代当時も、この熱狂的な「兎ブーム」に乗じて一攫千金を目論む者が後を絶たず、ウサギを売る店だけでなく、闇取引や高額転売が横行しました。当時、東京では頻繁に、「秘密の兎会」というものが行われていたそうですね。これだけ聞くと、不思議の国のアリスの世界のようなメルヘンチックな会合が思い浮かびますが、何のことはない、兎の密売会でございます。なにしろ、一羽売れば数年間は遊んで暮らせるだけの儲けが出るわけですから、皆もうあの手この手で商法を考える。中には、ただの白ウサギを塗料でまだら模様に染めて売りつける、「ウサギ詐欺」―ダジャレではありません―まで出てくる始末。文明開化の浮き足だった雰囲気が便乗商法に拍車をかけ、目に余る事態となったわけでございます。(①)

これには、政府も流石に対策を講じなければならなくなりました。そこで、明治六年十二月、東京府下に向けて通達されたのが、「兎取締法」でございました。

「おい」
「ええ」
「お前のうちじゃ舶来の兎を飼っているそうだが、聞いたか、今度、兎に税金がかかるようになったらしいじゃあないか。」
「ええ?それは本当かい」
「本当だとも。何でも、一羽につき、一月一円も払わなきゃならないんだってよ。」
「ええ?一円?冗談じゃあない、俺の月給の四分の一じゃないか。あんな舶来のウサギなんざ、とんだ疫病神だ。捨ててしまおう」

こうして、税金におののいた飼い主たちが、一斉に「捨てウサギ」をしたものですから、一時期、東京近郊には「野良ウサギ」が溢れかえっていたそうですね。それでもそれはまだましなほうで、処分に困って食用にされる場合もあったそうですから、ウサギにとっては受難としか言いようのない事態ですが、高額の税金を掛けるという政府の英断によって、熱狂的な兎ブームとそれに乗じた便乗商法は沈静化し、世の中に平和が戻ったのでありました。

兎年の今年にふさわしい、「兎税の顛末」の一席。



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