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ハイパームーブクイズ

05 -In the case of Takuya-

06 -Hyper Move Quiz-

ニュー・ムーブ政策の発案から、様々な反発や戸惑いが日本中を覆っていたが、人類が元来兼ね備えた「慣れ」とは、最強の才能である。
未だにこの社会システムに抗い、ムーブ管理のために体に埋め込まれたチップを力付くで取り出して、監視を逃れようとする者(彼らは“野人”と呼ばれており、指名手配されている)は一定数いるものの、政策の運用開始から数年が経った今、それがまるで遥か昔の話だったかのように、人々はそれぞれの日常になんとかそれを受け入れ、日々の生活を続けている。

しかし、物理的な行動が制限されているため、「遠くに行きたい」「他者とつながりたい」といった欲求が以前より強まっているのは事実だ。これをビジネスチャンスと捉え、バーチャル空間での擬似体験でその欲求を満たすサービスを提供するスタートアップが出てきてはなくなり、また出てきてはなくなっているカオスな状況が続いていた。
「人間は実際にやることでしか、これらの欲求を満たせない、そうDNAに刻まれてるからね」と権威ある研究者が言っているが、やはり、バーチャル上でその欲求は十分に満たせていないようだ。
実際とは、現実とは、本当とは……、様々な定義がよぎるが、とにかく人はバーチャルではまだダメみたいである。

各種メディアでは、これらの欲求を触発しないよう細心の注意を払っていたが、そろそろ限界が来ているように思えた。
ネット情報はさすがにコントロールができず、ゴリラリアットを中心とした人気ムーチューバーからは「コスパ最高!今行くべきプレイス!」などといったタイトルで、移動の欲求を掻き立てられる様々なコンテンツが発信されている。ちなみに、インフルエンサーという言葉は死語になっている。憎きウィルスを連想させるため、タブーとなったのだ。

このままこの状況が続けば、大衆のメンタルもやられてしまうのは明らかだ。医療・介護・保育従事者や、社会上不可欠な一部のインフラ系の職種に就いている人間以外は、普通に生活をしていたら、海外旅行はもとより国内旅行すらムーブが全然足りない。移動が制限された人々のストレスや欲求不満が爆発する前に、政府が新たな施策を打った。

それが「ハイパームーブクイズ」である。

ハイパームーブクイズは、総務省管理のもと、全国の地方自治体が毎月主催するオンラインクイズで、参加するには300ムーブが必要なのだが、毎回数万人が参加する、国民的クイズチャンネルである。ポップカルチャー・哲学・美術・雑学など、様々な領域の問題が出題される。問題は人工知能が自動生成するのでほぼ無限だ。
参加者はわずか3秒で質問を理解して、3秒以内に4つの選択肢の中から答えを選ぶ。もちろん、ネットで答えを検索する時間などない。不正解者は通信が切れ、どんどんいなくなり、最後の一人になるまで問題は続く。
このクイズで最後まで生き残ると、なんと50,000ムーブを獲得することができる。50,000ムーブとは、日本列島を軽く縦断でき、少しお釣りが返ってくるくらいに相当する。ちなみに、100位までの参加者にも、順位に相応のムーブが付与される仕組みとなっている。

最新の音声合成技術から発せられる心地よい声で「遠くの場所へ行きたいか〜!」という、どこかで聞いたことのあるような司会の掛け声でスタートするのがお決まりである。ちなみに、ハイパームーブクイズがスタートした時期は、世界全土で感染が拡大し、海外への渡航は禁止されていた。
各地方自治体で地元の企業などと契約し、スポンサー付きのクイズも実施。この時代に生きている若者はコロネイティブと呼ばれていたが、特にこのコロネイティブから絶大な支持をハイパームーブクイズは得ている。
コロネイティブはマーケティングにおける顧客セグメントの一つとなっている。基本は潔癖症で、さらに、シェアしない、接触恐怖症、大人数が苦手、親と仲が良い、ファッションに興味なし、リモート映えを意識、などの特徴がある。
これからの消費の中心になるため、様々な企業がスポンサードして、マーケティングに活用しているのだ。これらの資金は、各自治体の財政に役立っている。

ある会社員は、不自由なく彼女と旅行や食事に行くために。
ある女性は、ムーブを貯めて安定した生活を送るために。
ある資産家は、不自由なく移動して、以前と同じようにバブルな生活ができるように。

国民それぞれが、それぞれの願いを叶えるために、ハイパームーブクイズに参加する。

国の本当の思惑には全く気づかずに。






もし外出がポイント制になったら、僕らの生活はどのように変わるだろうか?」の連載記事はこれで終了です。この記事はSandSの4人がそれぞれ前の記事を読み、続きのストーリーを考えるという思考実験です。ですので、設定された世界観はなるべく前後の齟齬がないように努めていますが、一部文脈に違和感を感じる可能性があります。

本来の目的はこのストーリーを作ることではなく、このストーリーをレビューすることで、この世界の中から新しいビジネス、プロダクト、サービスのタネを抽出し、実際の世界に対して、何か提案できないかというSFプロトタイピングの実験であり、SandSが今後研究していきたい方法論です。

この後、SandSのメンバーでレビューを行い、そこからいくつかのプロトタイピングを行う予定です。それでは引き続き、よろしくお願いいたします。


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