正しく苦しむこと

超越に向かって思考を深めていく、という姿勢は必要だろう。たとえそれが究極的には不可知であったとしても。

不可能なもの(超越)に意志を向けながらも、その不可能性を常に自覚しつつ、いかなる虚偽によっても覆い隠さないこと。

不可能なものを求めつづけ、不可能なものとして語り尽くさずに語ること。矛盾と残酷さこそが現実であり、それ以外は妄想の中の夢である。

信も、善も、美も、超越的なものは被造物には属しておらず、この世では実現不可能なものである。被造物にあるのは矛盾、虚無、苦痛である。故に悲惨さを語る方が誠実であるが、超越を求めることは必要である。ただそれを掴むことは欺瞞である。

矛盾なきものは空想上の中でしか再現できない。夢の中で、ファンタジーの中でしか思い描けない。しかしそれは現実ではないし、それには虚偽の設定が必ず含まれている。

ファンタジーを現実に持ち込むことを、お花畑、または狂気と言う。それは虚偽による覆いであり、白き(羊の)皮を被った暗黒(狼)である。子供は自らの残酷さをまだ十分に知らぬ故にお花畑である。不可能であることを悟ることが大人になるということである。

不可能さを悟りつつ、不可能なままに、不可能性へと向かうことが、人の為せる最善であろう。大人でありつつ、子供の純心さを失わないためには。

矛盾こそ現実。現実を直視する時、心は引き裂かれる、十字架。空想に逃げている時は、偽りの平和。

表面的な苦痛を避けることで、周り巡ってより広範囲に深刻な苦痛をもたらすことがある。したがって、表面的に苦痛を軽減すれば良いというわけではない。例えば克己心の苦痛は、より広範囲に深刻な苦痛を避けることになる。

より広範囲に深刻な苦痛を避けるために個人的に苦しみ耐えること、非行動を行うことは、正しい苦しみであり、善行であろう。

個人が克己心により苦しむと、社会は自由となるが、個人が楽すると社会は窮屈になる、という社会現象があるではないか。やはり、正しく苦しむことが最善なのではないか。

正しい暴力というのを考える必要がある。

非暴力を訴えても理想主義にしかならない。現実には暴力がある。だから正しく暴力を振るうこと、より深刻な暴力に至らぬよう抑えることを考えないといけないのではないか。一見悪寄りのところに、止揚する高次の善があるのだとすれば。

暴力性は他者よりも自己に向けるべきなのだろう。聖絶の倫理、克己心の倫理、自己犠牲の倫理からすれば。律法時代は終わったのだから、社会でなく自己に向けるべきだろう。

人間は社会を正すことに目を向けがちだが、己を正す方にはなかなか目が向かない。主はまず己の巨大な悪を聖絶せよ、さすれば兄弟の小さき悪も正せると言われた。

箴言31章を見ても、社会的立場の高い者が社会的立場の低い者を支え、その訴えに耳を傾けることが善だと説いている。社会から貧困をなくし平等を確立する訴えも大切だが、それ以上に、貧困の現実はなくせぬことを受け止めて、強き者がより弱き者を支える行動を取ることが克己心ではないか。消すことは不可能なのだから、向きを変える他ない。

それには自己の欲望や財産を切断する必要があるし、それは自らの意志によって我慢することでもあるから、それは自己の欲望への暴力でもあるが、そのような暴力は自己犠牲であり、正しい苦しみなのではないか。

また他者の暴力への復讐を訴えることは正当防衛とされているが、何が何でも均衡を保とうとするのではなく、甘受する方が相応しいことも多々あると思う。復讐せずに我慢するというのも自己への暴力である。

しかし、自暴自棄とは違う。

人は皆自分が大事だから、本質的に自分に暴力的にはなれない。だから真の善は人間にはない。むしろ、克己心を回避するために、自暴自棄になって見せかけの暴力を自己にふるってしまう傾向がある。しかし、それは演技であり、他人に苦しみを見せびらかすための悪である。

主は断食の時は苦しい表情をするな、祈りの時は扉を閉じて密かに祈れ、左の施しを右に伝えるなと、善行を見せびらかすことを演技とし、偽善なる悪としている。本当の善行や克己心は外から見て分かるものでも、人に知られるものでもない。

善行や克己心は自らの救いのためではなく、倫理のために為されるべきである。自己の救いのためではなく、苦しむ現前の他者のためである。仮に救いがなくても、神がいなくてもそれは為すべきなのである。主は言う、自己を救おうとする者は、自己を滅ぼすことになる、と。

他人の自らに対する悪を甘受することは悪なのか。人間的観点では悪かも知れない。均衡を取り、正当防衛的な復讐をする方が善と見なされるかも知れない。だが悪に対立する善は刑法上の善(悪と同質)であり、高次の善ではない。それに自己もまた神から多額の罪を赦されているのだから、復讐せずとも均衡は取れているはずである。

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