『人新世の資本論』①

『人新世の資本論』斎藤幸平(2020/9)

◆要約

人新世」とは地質学の言葉で、地球の環境破壊の影響が見られる地質時代(1950年代〜)のことである。現在の地球は人災による気候変動のために環境が破壊されている。その原因は資本主義社会にある。

『資本論』はマルクスの書いた本で、資本主義を批判してマルクス主義(共産主義や社会主義)を提唱した本である。

よって、『人新世の資本論』とは、地球環境が破壊される時代における資本主義社会の批判の書、という意味である。

具体的には、この本は「SDGs」や「グリーンニューディール」政策を批判している。SDGsは持続可能な開発目標のことで、グリーンニューディールは環境に良いビジネスを推進する経済政策のこと。

しかし、これらは一見環境に優しい素晴らしい目標や政策に思えるが、実際には国や企業の利潤追求や経済成長を推進するためのものである。結局それではグローバルサウス(格差社会において貧しい側の国)に環境破壊を押し付けて搾取する構図は変わらない。

だから今こそマルクス主義を見直すべきである。

マルクス主義はかつてソ連が失敗した印象を持つと思うが、ソ連はマルクス主義を忠実に実行したわけではない。ソ連のような一党独裁や財産の国有化はせずともマルクス主義は実践できる。

それはコモン(公共サービス)の民主主義的な管理によって実現できる。

すなわち、これまでのように公共サービスの運営を(水・電力・教育・医療など)を国営化や民営化に任せるのではなく、市民が利潤追求せずに善意に基づいて協議することによって決めていくことによってである。

具体的な政策は、①生活に必要な物(使用価値のある物)のみを生産し、ブランドマーケティングコマーシャルを禁止する。②生活に必要な仕事(エッセンシャルワーク)のみにして、ブルシットジョブ(不必要で無駄な仕事)を削減する。③デジタルや金融といった技術を公共サービスとして共有することなどである。

バルセロナのフィアレス・シティや、フランスの市民会議はすでにこうした方向に向かって動き出している。

もしこのまま資本主義社会を継続していけば「気候ファシズム」の時代が到来するだろう。つまり、一部の富裕層だけが環境に良い場所に住み、それ以外の国々は地球環境の悪い場所に追いやられる。

だからそうならないためにも今こそ地球環境を守り、「脱成長コミュニズム」を掲げて市民は立ち上がるべきである。市民のわずか3.5%が立ち上がれば革命が成せる事例があるのだから…


さらに詳細に(用語集)…


◆第一章 気候変動と帝国的生活様式

ウィリアム・ノードハウス…ノーベル経済学賞受賞(2018)。バランス論(1991)を提唱。しかし、ノードハウスの理論では3.5度上がってしまう

パリ協定(2016)…2100年までに気温上昇2度未満に抑えるのを努力目標とし、1.5度未満にするのは義務とする

ポイント・オブ・ノーリターン…そこを過ぎると元の場所に戻れない、後戻りできない場所や状況のこと

大加速時代…WW2以降の経済の急成長と環境負荷の増大

グローバル・サウス…グローバル化による資源やエネルギーの収奪によって被害を受ける地域や人々

ウルリッヒ・ブランドマルクス・ヴィッセン…帝国的生活様式を提唱

帝国的生活様式…グローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイル(=グローバル・ノース)

シュテファン・レーセニッヒ…外部化社会を提唱

外部化社会…負担や代償を遠く(外部)に転嫁して、不可視化することが先進国社会の豊かさには必要であること

イマニュエル・ウォーラーステイン…世界システム論。外部化の消失こそが人類の分岐点となり、環境問題への人々の価値観を変革させる。

世界システム論…資本主義は「中核」と「周辺」で構成され、周辺部から廉価な労働力を搾取し、中核部はより大きな利潤を上げる構造。労働力の「不等価交換」によって、先進国の「過剰発展」と周辺国の「過小発展」を引き起こしている

フロンティアの消失…資本が利潤を得るための安価な労働力や安価な自然が消滅したこと

資本主義の終焉…水野和夫『資本主義の終焉と歴史』(2014)

オランダの誤謬…先進国(オランダ)では大気や水質の汚染度は低い。一方で途上国は環境問題に苦しんでいる。経済成長がもたらした技術革新が環境問題を軽減しているというのは思い込み(誤謬)である。実際は環境破壊の負担をグローバル・サウスという外部に押し付けてきた結果の豊かさである

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)…1988年~

カール・マルクス…資本による転嫁の試みは最終的に破綻する。このことが、資本にとっては克服不可能な限界になる

技術的転嫁…環境危機を技術発展により克服する方法。生態系の撹乱を招く

ユストゥス・フォン・リービッヒ…掠奪農業(分業により農村の土地の栄養が都市に搾取される)を批判した

ハーバー・ボッシュ法…アンモニアの工業的製法。これにより肥料の大量生産が可能となった

空間的転嫁…外部化と生態学的帝国主義を招く

生態学的帝国主義…周辺部からの掠奪に依存し、同時に矛盾を周辺部へと移転するが、まさにその行為によって、原住民の暮らしや生態系に大きな打撃を与える

時間的転嫁…環境破壊の影響にはタイムラグがあり、現在の負担を未来へ転嫁することで現在の世代は繁栄できる

正のフィードバック効果…新技術が開発されても、その技術が社会全体に普及するまでには長い時間がかかり、その間に危機をさらに加速・悪化させてしまう作用

ビル・マッキベン…環境活動家。「…石油がなくなる前に地球は(環境破壊によって)なくなっしまうだろう」


◆第二章 気候ケインズ主義の限界

トーマス・フリードマン(グリーン革命)やジェレミー・リフキン…グリーン・ニューディールを提唱

グリーン・ニューディール…環境に優しい再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるために大型財政出動や公共投資を行うことで景気を刺激し、経済成長と持続可能な自然環境を両立させる経済システムへの移行を加速させる政策

気候ケインズ主義…気候危機に対応するため、新自由主義(小さな政府)を無効とし、ケインズ主義(大きな政府)を推進する

SDGs…持続可能な開発目標

ヨハン・ロックストローム…プラネタリー・バウンダリーを提唱(2009)。しかし、後に脱成長を掲げる(2019)

プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)…地球システムには自然本来の回復力(レジリエンス)が備わっているが、一定以上の環境負荷が加わると不可逆的な破壊的変化を引き起こす。これが「臨界点」(ティッピング・ポイント)である。その閾値を9項目において計測し、見極めることで、人類の安全な活動範囲の限界点を確定する

9項目…気候変動、生物多様性の損失、窒素・リン循環、土地利用の変化、海洋酸性化、淡水消費量の増大、オゾン層の破壊、大気エアロゾルの負荷、化学物質による汚染

デカップリング…切り離し、分離を意味する。「経済成長」によって「環境負荷」は増大し、この両者は連動しているが、新しい技術によってこの連動を切断すること。つまり、新技術によって、経済成長を維持しながら、同時に二酸化炭素の排出量を削減する

相対的デカップリング…経済成長の伸び率に対して、二酸化炭素排出量の伸び率を効率化によって相対的に低下させる(例:効率の高い技術を途上国に支援する)

絶対的デカップリング…二酸化炭素排出量の絶対量を減らしつつ、経済成長を目指す(例:二酸化炭素を全く排出しない電気自動車を普及させる)

経済成長の罠…緑の経済成長がうまくいく分だけ、経済活動の規模が大きくなり、それに伴って資源消費量が増大するため、結局は二酸化炭素排出量も増えてしまう

生産性の罠…資本主義はコストカットのために労働生産性を上げようとするが、するとより少ない人数で済むので失業者を産んでしまう。そこで、政府は雇用を守るために経済規模を拡張せざるを得なくなる

ティム・ジャクソン…『成長なき繁栄』(第二版2017)。デカップリングは神話や幻想であり、実際は相対的デカップリングさえ成功していない。先進国ではエネルギー消費の効率化は進んでいるが、ブラジルや中東では未だに旧来型の技術のままで大型投資が続けられており、エネルギー消費効率はむしろ悪化している。それゆえ、全世界的には2004~2015の間に年間排出率は0.2 %しか改善していない

カーボン・フットプリント…商品・サービスの原材料調達から廃棄に至るまでのプロセス全体を通して排出される温室効果ガスの排出量を二酸化炭素に換算したもの

ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ…『石炭問題』(1865)。「ジェヴォンズのパラドックス」を提唱

ジェヴォンズのパラドックス…当時イギリスでは石炭を効率的に利用できるようになっても、石炭の使用量は減ることなく、むしろ石炭の低廉化によってこれまで以上に石炭が使われるようになり、消費量が増加していった。技術革新がむしろ環境負荷を増してしまうジレンマ

トーマス・ヴィートマン…マテリアル・フットプリント(MF)を計算した(2015)

マテリアル・フットプリント…消費された天然資源を示す指標。GDPとMFのデカップリング(分離)は成功してない。国内物質消費量(DMC)は減少しているものの、MFはGDPと同じ割合で増加(リカップリング:再結合)している

グリーンウォッシュ…一見環境に配慮しているように見せかけて、実態はそうでなく、環境意識の高い消費者に誤解を与えるようなこと

ネガティブ・エミッション・テクノロジー(NET)…排出量をマイナスにする新技術(大気中から二酸化炭素を除去する技術など)

BECCS…バイオマス・エネルギー(BE)+大気中の二酸化炭素を回収して地中や海洋に貯留する技術(CCS)

バーツラフ・シュミル…歴史家、『成長』(2019)「継続的な物質的成長は不可能である。脱物質化も、この制約を取り除くことはできない」

ブレイクスルー・インスティテュート…アメリカの環境シンクタンク。気候変動の「阻止」や「緩和」ではなく、気候変動への「適応」を提唱

ナオミ・クライン…『これがすべてを変えるー資本主義vs.気候変動』(2017)、生活の規模を1970年代後半のレベルにまで落とすことが必要


三章につづく・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?