短編小説「はるかなる」作 清住慎   ~1~

「うっ……、はあっ」

 私は間抜けな声を出しながら、急いでティッシュボックスから数枚をむしり取って局部に押し当てる。

 間に合った。先端からどくどくと粘液が溢れ出し、たちまちティッシュはぐちゃぐちゃになる。私は先端をちょっと絞って残りを拭き取り、床に飛び散っていないかを確認して素早く立ち上がり、パンツとズボンを引き上げる。

 そして足音を立てないよう注意してトイレまで行き、ティッシュを便器に放り込んで「大」の方へコックを捻る。

 完全に流れ去るのを見届けて私はようやく安堵の息をついた。が、リビングに戻って愕然とした。何とテレビ画面がついたままだ。音声はミュートしてあるが、裸の男女が絡み合うシーンが流れ続けているではないか。

 私は慌てて、それでいて静かな早足でテレビの前へ行き、ノートパソコンに差し込んでいたケーブルを取り外した。ノートパソコンのふたを閉じ、ファンの回転が止まるのを確認する。

 私は立ったまま、少しの間耳を澄ませた。大丈夫。隣室で眠っている妻と子の気配に変化はないようだ。私は再度リビングの床に座り、テレビのボリュームを少しだけ上げた。やっている内容はどうでもよかった。少し間を開けてから布団に入った方がいい、それまでのつなぎだった。

 しかしあまりのくだらなさに、思わず顔を背けるほどだ。そうなると思考は決まって一つの方向へ向かう。あの子のことだ。

 三宮遥佳――。

 いつからだろう。私が深夜彼女を思い、自慰に耽るようになったのは。アダルト動画を見ていても、頭の中で顔は自分と彼女のものにすげ替えている。映像の力を借りて、私は空想の中の遥佳と舌を絡め合うキスをして、全身にその体温を感じて、互いの性器を擦り合うことによって快感を得る。そんなことを私は週に何度か繰り返す。

 取り立てて家庭に不満があるわけではない。強いて言えば小遣いが少ないことくらいだが、後は結婚して十三年、順風満帆にやってきた。一太ももう五歳になり、今では愛おしさの優先順位は子供が先で妻が後になってしまっているが、それは幼い子供を持つ家庭ならばたいていが経験するであろう致し方ないことだ。

 それなのに何故、夜ごと遥佳を思い自慰に耽るのか。今判っていることは、遥佳を抱きたくてたまらないということだけだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?