ものづくりの幅をちょっと広げる20日間
1月末から3月上旬までの7週間、私が長期派遣されている技術協力プロジェクトでは、のべ6人の日本人専門家の短期派遣を続けて受け入れました。技術紹介でもファブラボCSTの運営面でも、長期派遣されている私が本来もっとできていればよかったことを、6人の専門家の方々に順次補っていただきました。その中から、1人の専門家の活動にスポットを当てます。
1.大学に、喧騒戻る
1月末まで続いた冬休みの間、王立ブータン科学技術単科大学(CST)キャンパスは閑散としており、教員はここぞとばかりフルに冬休みを取って不在でした。ラボ専属技師(Lab Technician)や事務管理系の職員などは、教員とは違って年間の有給休暇の取得可能日数が10日しかないそうで、大学には残っていたものの、指揮官が不在では忙しくなるはずもなく、暇そうにしていました。学生は、OJTという名目で学内施設で実習を続けていたIT学科の4年生を除けば、ほとんどキャンパスにはいません。学内に設置されていたカンティーン(購買部)も閉業していて、私は自炊を強いられました。
それが2月に入ったとたん、教員も学生もキャンパスに戻って来て、喧騒がはじまります。春学期もはじまったばかりの2月は、緊張を強いられる試験や研究発表などもほとんどなく、教員も学生もリラックスしています。1月末からはじまったJICAの短期専門家のプロジェクトへの派遣にも、カウンターパートであるCSTは応じる余裕が十分ありました。
12月後半から1月末まで、教職員と学生が不在だった期間のコミュニティ向けアウトリーチ活動を、私がほとんど1人で企画立案し、実施していた時期とは、大きな違いです。ファブラボCSTの2月の活況だけを見た人は、きっと「ファブラボCSTはよく運営されている」と思われたことでしょう。2月7日にプロジェクトの重要な運営会議が開催されましたが、これまでの半年間の活動をJICAに報告したCST教員からは、実際に自分の目で見ていない12月と1月の活動について言及されることもなく、JICAからご出席された人々は、プロジェクトは全体としてよくやっているとの印象を持たれた様子でした。私はちょっと複雑な心境でした。
この運営会議を終えた後、2人の短期専門家は帰国の途につきました。この2人に続いて2月1日からCST入りされた大野勉専門家のご活動については、すでにJICAのホームページでもご紹介しています。私自身がITやIoT、AIといった分野の専門家ではないため、その分野での教職員や学生への助言は、大野さんにほぼお任せして自律的に取り組んでいただきました。
2.日本のファブラボ運営者による、初の技術指導
さらに、2月13日から3月3日までの約20日間、「ファブラボ運営」の指導を担当する竹村真郷専門家がプロジェクトの現地活動に加わって下さいました。竹村さんは、日本ではファブラボ浜松TAKE-SPACEの代表を務めておられます。私たちの技術協力プロジェクトの専門家チームのメンバーとしては唯一、日本においてファブラボの運営を手掛けておられる方です。
ここで少しだけこのプロジェクトの業務実施体制についてご説明しておきます。この技術協力プロジェクトは、JICAでは「ハイブリッド型」と呼ばれています。総括と業務調整を担う長期派遣専門家の私は、JICAとの直接契約で派遣されてきていますが、あとの短期専門家は、コンサルティングサービスの調達についてJICAが行う公募に対して、日本のコンサルティング会社が自前のコンサルタントや外部の有識者を要員として確保し、業務実施チームを組んで応札します。提出された事業提案書をJICAで評価、選考し、受注業者が決まります。ファブラボに関する技術協力プロジェクトは、世界的にも数が少なく、この分野で経験が豊富なコンサルタントは日本ではほとんどいません。このため、業務実施コンサルタントのチームのキモは、支援要員として国内外のファブラボ関係者から誰を専門家チームに招聘できるかにかかっているといっても過言ではありません。
私のプロジェクトの業務を受注したコンサルタントの活動の成否も、竹村さんの現地活動がファブラボCSTの業務拡充にどう生かされるのかにかかっていると思います。
竹村さんのブータン渡航は、これが三度目となります。1回目は昨年1月末から3月下旬までの約2カ月でした。しかし、この頃はブータンの新型コロナウィルス感染拡大を危惧したJICAから、南部プンツォリンの任地への移動が規制され、私自身も首都滞在を余儀なくされていた時期でした。しかも、比較的安全だからと滞在していた首都が1月中旬からロックダウンとなり、首都における移動の制限も4月に入るまで解除されませんでした。竹村さんもその影響をもろに受けました。当時ファブラボ・マンダラをナショナル・ハブとして開講していた「ファブ・アカデミー」に、CSTのカウンターパートが4人選抜されて受講していたので、竹村さんには、ファブ・アカデミーのインストラクターとして彼らの指導をお願いできると私は期待していました。ところが、ロックダウンに伴う行動制限で、受講生も竹村さんご本人も、ファブラボ・マンダラに物理的に赴くことがなかなかかなわず、かなりストレスのたまる活動を強いられました。
2回目の渡航は、昨年7月中旬から8月上旬までの約1カ月でした。この頃には私自身も任地入りが許され、竹村さんもCSTに初めてお越しいただけることになりました。当初の計画では8月上旬をファブラボCSTの開所式予定日と定めていたため、竹村さんは開所式を見届けて任期終了を迎えることができると私たちも期待していました。しかし、それまでには届く見込みだったファブラボ据付機械の到着が、さまざまな事情で遅れに遅れ、8月上旬の開所もかなわなくなってしまいました。竹村さんの活動は、順次搬入される工作機械のセットアップと、カウンターパートに対する機材の操作方法のデモンストレーションに費やされることになりました。プロジェクトでは、開所式を改めて8月25日と定めましたが、これにより、竹村さんは、ファブラボCSTが日の目を見る前に現地活動を終了することを余儀なくされました。
3.三度目の正直
ファブラボCST開所後、初めてとなる今回の竹村さんの現地活動に先立ち、私からは事前に、鋳型成形の実践体験を活動に組み込んでほしいと要望していました。開所から5カ月を経過した現在も、ファブラボの利用者のほとんどは、レーザー加工や3Dプリントしたものを最終製品や組立用パーツとして用いていて、金属や紙パルプの成型のための型枠づくりの下準備として用いるといった使い方は、誰も行っていませんでした。せっかく電気溶解炉も入れたことだし、アルミ缶の溶解とともに、レーザー加工や3Dプリントと組み合わせた鋳型づくりの体験機会を、利用者に提供してほしいと考えました。
竹村さんからは、これに加え、さらに2つの領域での実践機会の提供をご提案いただきました。1つめは「デジタルテキスタイル」の紹介です。デジタルミシンを装備し、実際にこれを活用しているブータン唯一のファブラボとなのだから、これまでの型紙とハサミを用いた裁断から、3D CADやレーザー加工機を用いた生地のデザインと裁断を、これを機に普及させようというご提案でした。また、カッティングマシンを利用して、スクリーンプリンティングを行うワークショップも開こうということになりました。
もう1つは新たなユーザー層の開拓です。子ども向けの3Dスキャナ操作体験会を先ずご提案いただきました。平日にプンツォリン市内の学校に出向くか、あるいは学校の生徒をファブラボCSTに招いて体験会を行うことが当初想定されていましたが、私はいっそのこと日曜日を利用して市内のユースセンターでやったらどうかと考え、ユースセンターのマネージャーのペマさんに連絡を取りました。もともとユースセンターでは、毎週日曜10時からコーディングや3Dモデリングの勉強会が開かれていたので、この枠でスキャナの講習会を開くことができるのではないかと提案したところ、ペマさんは即決で対応して下さいました。
竹村さんの現地入り早々、これらワークショップの開催日程について打合せを行い、私の方ではファブラボCSTのホームページやFacebookでのイベント告知を担当し、竹村さんにはさっそく各回のワークショップの準備に入っていただきました。
使用する機械や材料の点数による制約もあるので、大規模な参加者募集はかないません。プロジェクトで用意したワークショップは、ファブラボCSTのウェブサイトに情報を掲載した直後には定員がすべて埋まってしまうほどの大盛況でした。
4.金属加工ワークショップ
竹村さんが着任されてわずか2日後、CSTの教職員向けで開いたのが、①アルミ缶溶解、②ワックス成型による指輪鋳造、という2つのワークショップでした。定員5人という枠での参加募集だったので、幸運にも参加できた教職員には、今後自らがインストラクターとして複製開催してもらうという条件を付けました。しかし、忙しい教職員がすぐにそうしてくれる保証はありません。そこで、私は動画撮影を担当し、開催後編集して2本ともYouTubeで公開しました。
この翌週は、国王誕生日とブータン暦の正月の三連休で教職員は不在でした。でも学生は学内に残っていたので、彼らをメインターゲットにして、③レーザー加工機で型を作って錫製メダルを鋳造するワークショップと、④アルミ缶溶解ワークショップの二回目を開催しました。これらも合わせると、金属加工ワークショップは合計4回、延べ30名を動員しました。
これら金属加工ワークショップは、大学構内でも深刻化しているアルミ缶の処理問題に関して、1つの解決策をもたらす可能性があると教職員と学生には好評でした。中には、ワークショップ参加後にキャンパス内に落ちているアルミ缶を拾って持って来てくれた学生もいました。「自分でやってくれるのなら歓迎する」と回答しました(笑)。
5.デジタルテキスタイル
デジタルテキスタイルに関するワークショップには、2月25日(土)の午前の部と午後の部に分けました。午前の部では、カッティングマシンを用いたデザインと、これをベースにしたスクリーン印刷を体験してもらいました。
一方、午後の部では、テキスタイル分野で使われる3D CADプログラム「MakeHuman」と「CLO」を用いて、より利用者の体形にフィットしたシャツのデザインと、生地のカッティングを行い、最後はミシンで縫い合わせるという工程としました。事前にゲドゥで縫製研修施設を営む若手女性スタートアップのカルマさんにも声をかけ、お兄さんのチェキさんにもご参加いただきました。この1日で、延べ9名が参加しました。
昨年12月にJICA海外協力隊員の山中睦子さんをインストラクターにお招きして行った縫製ワークショップで、すでに生地の裁断にレーザー加工機を用いる方法は紹介済みでした。しかし、Tシャツなどを作るとなると、うちのレーザー加工機では布地が大きすぎて、カットできません。今後、ファブラボCSTのテキスタイルマシンの使用頻度が高くなり、需要が高まってくるようであれば、大型CNC(ShopBot)の切削ドリルヘッドをレーザー加工モジュールに付け替えて、カッティングマシンとして活用することも考えた方がいいかもしれないと、竹村さんはおっしゃっていました。
6.女子うけするコンテンツ
竹村さんの滞在中、特にレーザー加工機を用いた錫製メダル鋳造ワークショップを企画したあたりから、女子学生の参加が目立つようになってきました。電気工学科の学生で特に積極的な子がいて、ファブラボCST活用の第一歩であるオリエンテーション受講から、レーザー加工機操作、FDM方式3Dプリンター操作に至るまでのハンズオン研修に続けて、親友を連れだって出席し、その後も、「こんなものが3Dプリントできますか?」と、よく尋ねに来るようになりました。
メダル鋳造ワークショップを開催した直後、竹村さんから、アクセサリー作りに関心がある女子学生が多いみたいだから、もう1つワークショップをやってみようかとのご提案をいただきました。3D CADプログラム「Tinkercad」を用い、平面図形からの押出しによって3Dデザインを行うというものです。小さいし、厚さもせいぜい1~2mm程度なので、3Dプリントで時間を喰うことはありません。
このワークショップは2月28日(火)、平日16時から開催として募集をかけたところ、定員10名の枠がすぐに埋まりました。何らか事情があったのか、当日2人が姿を見せず、8名のみの参加でしたが、うち6名が女子学生で、日頃のファブラボCSTのイベント開催時に見られる男女比からすると、女子の比率が特に高いイベントとなりました。
ファブへの女性の参加促進は大きな課題の1つだと感じていました。今回行った3D CADによるアクセサリー作りのワークショップは、今後の活用でもかなり有望なコンテンツになると思われます。
7.3Dスキャンは再挑戦へ
ユースセンターでの子ども向け3Dスキャナー操作体験会は、2月26日(日)に行われました。CSTからアシストに来てくれた学生ボランティア3名を加え、計13人がこの操作体験会に来てくれましたが、ファブラボCSTから持って行ったハンディスキャナー「EinScan Pro」が会場でうまく起動しないというトラブルがなかなか解決できず、私たちはスマホの3Dスキャンアプリ「LIDAR」(iPhone用)、「Qlone」(Android用)を用いたスキャンでお茶を濁すことになりました。
これは後日談になりますが、竹村さんが帰国の途につかれたあと、代わってCSTに短期専門家として来られたファブラボ品川の林園子さんと濱中直樹さんにお願いして、翌週末3月5日(日)に主にCSTの学生を対象として、3Dスキャンの操作講習会を開いていただきました。すでにある3Dプリント小物や粘土を用いた小さな造形物をQloneアプリでスキャンしてみたあと、EinScan Proの操作にも挑戦し、参加した学生も実際にこのハンディスキャナーを体験しました。
8.おまけ~ペットボトルのキャップを平板にする
竹村さんは、この他にも、2月18日にJICAブータン事務所と政府デジタル庁(GovTech)が共催してCSTで開催された、ウェアラブル端末の開発に関するアイデアソンの最終審査会で、JICAブータン事務所の要請により審査員を務められ、さらにはカウンターパートのテンジン君と一緒に電子工作デスクやテキスタイルセクションの内装の整備を進めるなど、ファブラボCSTの施設の整備にも尽力されました。短期間の滞在ではありましたが、材料さえあればこれだけのものが今のファブラボでもできるというケースを、いくつも示していただきました。
個人的には、ペットボトルのキャップを熱圧延加工する取組みに着手できたのが大きな思い出です。竹村さんとプンツォリン市内に買い物に出かけ、ジューサーミキサーとロティメイカー、クッキングペーパーを購入して来ました。ミキサーでできるだけ細かく砕いて、これをクッキングペーパーを敷いたロティメイカーの上に敷き詰めます。上からもクッキングペーパーをかぶせて上下からプレスをかけると、30秒ほどで板状に再加工できます。これをレーザー加工機でカットして、コースターを試作してみたのです。
こうして、アルミ缶をインゴットに、ペットボトルのキャップをプラスチックボードに加工できる道筋はできました。これらの材料を用いて、何が作れるのか出口を考えるのが、これからの大きな課題となりそうです。そんなテーマでまた、近い将来アイデアソンをやってみたいものです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!
【2023年3月16日追記】
JICAのホームページでも、竹村さんの活動については記事を掲載してもらいました。
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