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手動と自動と

昔々、子どもと利用していた近所の図書館は自動ドアだったが
その横には手で開けるドアもあった。
子どもには
何で手で開けるドアもあるかっていうと、自動ドアが故障しても停電でも
手で開けられるドアがあれば大丈夫だからだよ
と教えていた。
だから、どこかで自動ドアがあったら
必ず手動ドアもあるかどうか探しておきなさい、と。
覚えてるだろか?

車の窓はエンジン切ってたら動かないけど
これは手動で開閉できなくていいんだろか。
事故なんかで閉じ込められたときのために窓を破るハンマーがあるけど
窓をぶち破らなくてもいいような「手」は無いのかなあ。

地震のときに自動的に窓やドアを開けて
避難口を確保するというシステムがテレビで紹介されていて
「地震が来ても安心ですねー」
とコメントしていた人がいたが、ホントに安心していていいのだろか。
誤作動して開かなくなっちゃったりしないのか。

トイレまで人が入ってきたら勝手にフタが開くご時勢。
初めて見たときは、ホントにどっきりしたよ!
ポルターガイストかー!!
いや、そこまで「おもてなし」されたら出るモンも出ない気が。(笑)

今時は色々なモノが自動化されている。
自動化している機器は最適と考えられることをやるようになっている。
で、その最適は本当に最適なのか。
様々なデータを駆使して作られてはいるのだが
使う人それぞれに合っているかというと
ンなわきゃない!
あくまでも最適と考えられる最適だから。

例えば全自動洗濯機。
洗濯物と洗剤を入れてスイッチを入れるだけ♪
あまりに時間が無いときに一度だけ購入して使ったことがあったが
それで時間が節約できたのかどうかはよくわからない。
かえって時間がかかってしまって困ったことも。

例えば家庭用発電機。
その家の生活リズムを記憶してそれに合わせて発電してくれる。
でも、想定している家庭が「勤め人と子ども二人」のようで
曜日に関係ない年寄りと
講義の時間に合わせて寝起きが不規則な上に長い休みがある大学生がいると
その日その日で手動でセットしたかった。
取扱説明書のアドバイスの「規則正しい生活を」には笑った。
機械に生活を合わせるのでは本末転倒。

毎日の生活の中では色々なことが起こるワケで予定変更は普通にある。
でも、機械は融通が利かない。
自動というのは、こちらの生活にお構いなく一方的に何かを
「やってくれる」ことだ。
だからすべてを「やってくれる」のではなくて
もっと使う人を信じて任せた方がいいと思う。
だからそれは「お節介」なんだってば!

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