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『下午のまち銭湯』㉓幸の湯(糀谷)

銭湯は昼下がりに行くに限る。  

東京銭湯メッカ

大田区は東京で一番銭湯が密集している区ということらしい。一口に大田区といっても品川あたりの大森、世田谷あたりの雪谷と川崎に近いところはだいぶ印象が違う。銭湯ファンが集うのは川崎側の蒲田。銭湯でいう大田区といえば蒲田なのだ。

 蒲田の銭湯は下町の銭湯のそれと若干イメージが違う。施設というか日常の家での入浴の延長というよりかはわざわざ外に出かけてお風呂に入ることを想定した多機能銭湯が多い。街銭湯なんだけれど健康ランドやスーパー銭湯の雰囲気を持ったそんなところが多い。

 かの有名な蒲田温泉に代表される黒湯天然温泉を前面に押し出した保養施設風の特徴的な銭湯が点在している。蒲田温泉がとてもメジャーな存在だけれどそれ以外にも面白い銭湯がいろいろあって蒲田の銭湯巡りはとてもバラエティに富んで面白い。この日ぼくが訪れた幸の湯もそんな面白い蒲田の銭湯を代表する名湯だ。

場所は糀谷で蒲田駅からはやや歩く。蒲田温泉とは線路を挟んでちょうど反対側の距離にあるところで、どうせ駅から同じような距離を歩くなら蒲田温泉の方に行くのでこっちの方には来ていなかった。

アクセス的には糀谷の駅からいくのが圧倒的にいいのだけど、やっぱり蒲田の銭湯に来た感が欲しくて蒲田駅から歩く。ぼくは特別長い距離歩くのが得意ってわけではないのだけれど、銭湯に行くときは駅から2,3㎞平気で歩ける。不思議だ。走ることはないのに気持ちを抑えきれず、競歩のような感じで一気にたどりついてしまうこともしばしばだ。

 幸の湯も蒲田駅から2Kmくらいあってだいたい25分かかるというナビ表示だったのだけど15分くらいで着いてしまった。


幸の湯

少し小ぶりなマンションの一階に入っている店舗で横にコインランドリーがある。左側にはマンションの住人が使う階段がある。それなりにスタイリッシュな集合住宅のなかデ~ンと「天然温泉」という看板が設置されているので若干のアンバランス感がある。自転車がずらっと並んでいてその繁盛ぶりが伺える。

下駄箱はシリンダー錠式。自動ドアの入り口を入って中に入ると左側に発券機がある。サウナ200円。入ろうかと迷ったけれどいつも通り入浴だけにする。

フロント番台前はロビーになっていて、カウンター机や大きなテレビなどがありゆったりできそうだ。風呂上りらしき人が窓側のカウンター席で缶ビールをプシューっとやっていた。こんな時間から風呂上がりのビールなんて最高だ。番台で券を渡す。

脱衣場はやや狭め。ロッカーは年季が入ったシリンダー鍵のものだけれどそこまでの古さも感じられない。きれいにメンテナンスがされているなぁと感じる。ロッカーの横にはいくつか籠が設置されていてそこに無造作に脱がれた服が入れられていた。昔は銭湯でも温泉施設でもこうやって籠に入れたまんま脱衣場に放置というのが一般的であった気がする。

今やどこの銭湯もロッカーに入れるのが当たり前だ。おまけにカギは肌身離さず持ち歩けだの、鍵を閉めてもピッキングされるだの、貴重品は盗まれるのでフロントに預けろだの注意書きがたくさん張っていて全く物騒な時代になったものだ。

引き戸を開けて中に入ると、白と薄青のタイルの縦長浴室。中壁があって上で女湯と空間共有。中壁に沿って浴槽が二つ縦に並んでいる。左側にはカランが横列に設置されている。数は22。奥に階段があって上の階に行けるようになっているのが見える。左奥には露天風呂の入り口がある。

天井も高くて横壁の窓から光が差し込み実に明るく開放的。広々とした多機能銭湯。カランと浴槽の間に街頭風の電灯が二つある。どことなく造りが祖師谷大蔵の湯パークレビランドっぽい。

カランに向かう。やはりお客さんがたくさんいて椅子が残り一個。無地の白桶をもって中央付近のカランに。石鹸類の設置はないので持参したものを使う。そういえばフロントでタオルと石鹸はありますか?と聞かれた気がする。

どこの銭湯でも手ぶらセットがあるので別に持ってこなくても良いのだけれど、ぼくは何となく自分のものを使いたい。銭湯に行くたびに使い込まれ色褪せていくタオルを見るのがなんとも言えない快感なんだ。タオルはマイクロファイバーのものを使っている。いろいろ試したけど最終的にはこれに落ち着いた。このタオル水をつけただけでは肌に引っかかって全然滑らない。ところが、これに石鹸をつけたとたんまるでフィギアスケートの選手が氷をすべるように実に滑らかに皮膚を洗う。ヌルヌル。この感触が癖になるんだ。

浴槽に向かう。ここは天然温泉。向かって右側の浴槽が温泉だ。左側は大きめの主浴槽になっていて普通の白湯。まずは白湯から。しゃぽんとはいる。
少し熱めだろうか?でもいいお湯だ。奥の壁はタイル絵になっている。滝の前に虹がかかっていてそれを鹿の親子が眺めている。さわやかなモザイク画。多機能銭湯には富士のペンキ絵よりこういったタイル絵のが断然あってる気がする。

この白湯浴槽は複合式になっていて電気風呂ジェットバスがある。多機能銭湯らしくジェットバスのタイプは豊富。座風呂式にジェットバスが3つある。普通のものと、ボディジェット、より強力なスーパーボディジェットが横にどんどんどんと並んでいる。

ひとつずつ堪能。しっかり強力これぞまち銭湯のジェットだ。さすが蒲田わかってらっしゃる。ふと横を見ると常連の方だろうか、浴場の床にベタッと座って、ストレッチをしている。こうゆう光景を見るとまち銭湯だなと実感する。もしスーパー銭湯でこんなことをやってたら非難轟轟。でもここでは誰も気にする感じでもない。迷惑といえば迷惑だし完全にマナー違反なんだけど、こういった変な人がやってくるのもあらかじめ許容したうえで楽しむのがまち銭湯である。

まち銭湯はほんとうに自由なお客さんがいっぱいいる。そういった人々を人間観察しながら湯船につかるのもまた楽しい。

隣の浴槽に行く。温泉風呂だ。蒲田の天然温泉。透明のお湯に薄茶色があるタイプ。別に蒲田だからと言って黒湯というわけでもないのだなぁ。温度は低めでじんわりあったまっていくタイプ。

身体があったまってきたので水風呂へ向かう。水風呂は階段を上ったすぐ左にあった。階段を上る途中で浴場を振り返る。こうやって上から銭湯の全体を見下ろせるのはいいなぁ。かのイラストで上からの見取り図を見るけど、こういった階段がある銭湯はリアルにそれを見ることができる。

水風呂は温度がぬるめ。この水風呂も天然温泉だ。脇には温泉の成分表が貼ってある。造りは岩風呂風。向かいにはサウナがあって、扉を開けてすぐ水風呂に飛び込める仕様になっている。

一度カランに戻ると、隣はさっきのストレッチをしていた人だった。なんとなく横目で見ているとなんとその人おもむろに白いボックスをポンと置いた。見てみるとヨーグルト。しかも1リットルの大容量。いくらなんでも浴場でヨーグルトを食べるのはダメだ。寛大なまち銭湯のモラルでもこれはNG。

唖然としながら見ていると、パカッと蓋を開けて中から石鹸とスポンジを取り出していた。成る程。そんな再利用の方法があったのね。エコロジー。SDGsってやつかね。

さてとと露天に行く。露天に入るとぐる~っと青竹の壁が取り囲んでいて小さいながらも岩風呂仕様のちゃんとしたもの。露天といっても天井があって空は見えないし開放感はそれほどない。でもお湯はしっかり温泉。それで十分だ。誰もいない。足をバーンと投げ出して浸かる。たまーにバシャバシャ足を動かしたりもする。さすがに泳ぎはしないけど結構自由に動きまくる。露天は内風呂と完全に隔離してあるとこが多い。タイミングさえよければ一人でプライベートな時間が過ごせるんだ。それがいい。人が入ってきた。何事もなかったかのようにすんと静かに座って浸かる。

もう一度浴場に戻り水風呂からのジェットバスで締め。ぼくはたまに交互浴の締めをこのジェットバスにする。交互浴は水とお湯の温度差を楽しむものだが、まち銭湯のジェットバスはそんな余韻を与えることなく吹っ飛ばす。水からお湯にじわ~と変わっていくあの時間を全く与えない。ジェットバス一色の快感に強制的に誘う。この暴力的な感じが良い。だったら最初からジェットバスに直行すればよいのだけれどあえて無駄になるとわかって水風呂からってのがいいのだ。

脱衣場に戻る。ひっきりなしに人が入ってくる。時刻は15:00。普通の銭湯はちょうど開店時間だ。外に出ると昼下がりの心地よい日差しがあったまった体をさらに温める。この時間だとまだ酒場はあいてないかな?いやここは蒲田。居酒屋も町中華も昼下がりガンガンやってるんだ。一杯やって帰ろう。

銭湯の詳細

幸の湯[所在地]大田区西糀谷[最寄り駅]京浜急行線「糀谷」駅下車5分[営業時間]6:00~11:00、14:00~23:00[定休日]月曜日[入浴料]500円[サウナ]700円






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