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『下午のまち銭湯』㉖たつの湯(練馬区石神井台)


銭湯は昼下がりに行くに限る


普通で特別な銭湯

普通の銭湯・・・とはなんだろう。
それは人それぞれ。日ごろ銭湯といえば「スーパー銭湯」という人から見たらデザイナーズ銭湯だってそう見えるはず。デザイナーズ銭湯に通っている
人から見たらマンション銭湯ビル銭湯だってそう見える。
ぼくがなんとなく銭湯として思い描くのは、破風造りの瓦屋根煙突があってというような銭湯。銭湯巡りを始める前はそんな銭湯が普通の銭湯なんだと思っていたのだけれど、そうじゃなかったんだ。なかなかないのだ。五軒回って一軒そういう銭湯があるかどうか・・・いやもっと少ないかも。
全然普通じゃない。特別な銭湯。たまにそういった昔ながらの特別な銭湯に行きたくなる。ふらッとその辺にはないから探していく。

西東京と埼玉に隣接している練馬区に昔ながらの銭湯を求めて出かける。ここに有名なその手の銭湯がある。西武新宿線の武蔵関と西武池袋線の大泉学園のちょうど中間あたり。どちらの駅も最寄りと言えるし、どちらの駅からも結構歩く。銭湯ってのは住宅街にあるものだから意外と駅前にない。武蔵関からいくことに。駅を降りて踏切を渡る、コンビニがあったから水を買う。駅からちょっと歩くときは500mlのミネラルウォーターを一本空けながら歩くことにしている。銭湯ってのは案外と多量の汗をかく。これくらい事前に水分補給しておくのがちょうどいい。

住宅街と畑の中を歩いてゆくと奥にあれが見える。空にピーンとそそり立つ煙突。あれだ間違いない。足が途端に速くなって煙突の根元まで行くとそこはちょうど銭湯の裏側になっていた。入口は煙突を挟んで向こう側。かべに沿ってぐるっと回ってゆく。銭湯の煙突ってのはまじかに見ると案外とデカいものだ。

正面に回るとそこは広大な駐車場になっていてその奥に目的の銭湯が鎮座している。そこにあるは東京銭湯屈指の名湯。たつの湯

なんと見事な景観だろう。思わずため息が漏れる。二段構えの千鳥破風の屋根。三角になった屋根の頂点の奥、昼下がりの空にまっすぐ伸びるは見事な煙突。
大きな駐車場があるおかげで遠くからその全体像ばっちり見える。昼に来てよかった。昼に銭湯に来る利点として外観がよく見えるという絶対的なものがある。駐車場の端に腰掛けてしばらくその姿を見る。こういった昔ながらの銭湯の中にはその中でも特別貫禄のある銭湯がある。北千住のなくなった大黒湯であったりタカラ湯なんかがそうで威風堂々とした自信満々な出で立ち。

しばらく鑑賞に浸ったらい良いと銭湯に侵入だ。駐車場をずんずんと入り口に向かって歩く。左手にはコインランドリーがある。入口に暖簾がかかっていて奥がちらっと見える。こういった銭湯の中に入るときはなんかとても緊張する。

たつの湯

そっと暖簾を分けて入ると、右と左に男女下駄箱が分かれている。その奥に別々の入り口。にやりと口角が上がる。下駄箱は年季の入った木札式の松竹鍵。靴を脱いで扉と空けると右上から「いらっしゃい」の声。伝統の内番台。銭湯に行くときは支払い専用の小銭入れを持っていく。中には東京銭湯入浴料金とドライヤー用の十円が数枚。小銭入れを逆さにしてじゃらっとして520円を支払い。ここでもたもたしてたら駄目。

脱衣場に正方形のロッカーが積まれている。上を見ると高い先に長方形に区切られた黒茶の古い木板天井。壁には古時計があって、ガラスの向こうの外には庭園風の鑑賞地がある。昔の銭湯にはこういった観賞用の庭があったんだよね。

大きめのロッカーに服を投げ込む。どの位置のロッカーを使うかは重要だ。なるべく上下左右隣りが空いてるほうがいい。特に縦の位置のロッカーが既に使用済みというのはダメだ。使用しているお客さんが同じタイミングで出るとどちらかが着替え終わるまで待たなくてはならない。京都の銭湯の様に内籠があると便利なのだが都内の銭湯では中々ない。

タオルを片手に浴場に向かう。タオルはなるべく濃い色、派手なものを選ぶ。使って行くうちにどんどん色褪せていく様が良いんだ。今のタオルも最初は真っ赤な闘魂色だったけど、今では可愛らしいピンク。

かららら~

浴場に入ると正面にで~ンと富士のペンキ絵赤富士。巨匠、中島盛夫作見事なものだ。

扉横にケロリンが積まれている。正式にはこれはケロリンという名前ではない。 これは黄色いプラスチックの「桶」でありケロリンとは薬の名前である。でも、「ケロリン」といえば桶の名前として認知されている。だからこれはケロリンでいいのだ。

標準的な街銭湯の広さで、カランは縦に四列ある。ケロリンを片手に中央の壁挟みカランの一角に陣取る。タイル床にケロリンを置くと「カコ~ン」とあの音が響く。銭湯の音といえばこれだという人が多いはずだ。このタイプのまち銭湯は水色のペンキで壁が塗られているとこも多いけどここは白塗り。上を見ると高い湯気抜き。ここにケロリンの音が反響してあのエコーのかかった独特の音が生まれる。

鏡は長い一枚鏡。最近のトレンドは各カランに個別に鏡がついてるものだけれどもこれもまた味がある。カランを本と押すと勢いよく水が出てくる。熱い。煙突のある銭湯の湯は熱い。満たされた湯をジャバッと頭からかぶる。
あぁ・・・良い。とても良い。この瞬間が最高。伝統的な銭湯だろうが、デザイナーズ銭湯だろうが同じだ。こうして湯をかぶってしまえばすべて最高の銭湯となる。差なんてない。点数付けなんて意味がないんだ。

浴槽に向かう。おおきな主浴槽が一つ。シンプルで良い

しゃぽんと足をいれる。

そのまま左奥の角まで行って肩までつかる。ほっ。あたたかい。ぼくは浴槽に入るとき大体壁側の隅奥に陣取る。ここからだと銭湯の全容が見えるからだ。背中の後ろから広角に伸びる壁。遠くに行けば行くほど放射に広がっていく空間。カランがあって、ガラス扉の向こうの脱衣場まで見える。

上を見ると高い湯気抜きの窓から差し込む日。ニ段構えの湯気抜き。昔乍らの銭湯に見る伝統的な設計。実際よりもずっと高く見える天井を見つめていると吸い込まれそうだ。ここから入り込み光が良い。昼銭湯に来ないとこれは見れない。湯気越しにぼーっと見上げる。耳元でちゃぷちゃぷとお湯が鳴く。

心地よい。

となりの女湯から声が聞こえる。個人情報駄々洩れな会話が聞こえる。コンプライアンスもくそもない。仕切り壁を見てみるとタイルでモザイク画。木のアーチ橋。なんか見たことある有名な木の橋だ。え~とどこだっけ?ほら、誰かがバイクで走ってニュースになったあそこ。

一度湯から出て。カランに行く。オデコから水をかぶる。体が冷えたとこでもう一度湯船に。今度は逆サイドの隅につかる。肩までじっくり・・・あれ・・湯面が顔くらいまで来ちゃった。こっちのが深くなってるんだ。湯船の底が緩やかな傾斜になっていて深さが違う。ふと見ると腰掛け段があったのでそこに腰掛けると、いわゆる深風呂の浴槽と一緒の感じになる。

ぼーっとする。これができればどこだって一緒さ。ここにはサウナがない。立ちシャワーもない。ちょっと大きな浴槽にジェットバスがあるだけ。それでいいよな。せわしない日常の合間に紛れ込む心地よいぼーっとする時間。余計な詮索は野暮ってもんだ。

シャワーがないので。もう一度カランに戻って最後に頭から湯をかぶる。ギュッとタオルを絞ってその場で軽く身体を拭く。脱衣場には極力体の水は持ち込まない。

自分の使ったカラン周りは片付けるのがマナーだ。使い終わった椅子には最後桶でお湯をかける。自分の周りの床にもお湯を巻く。立つ鳥跡を濁さず。水風呂前の掛水と一緒。

脱衣場に戻る。

ロッカーから服を取り出す。この時にスムーズに着替えができるように服を詰める順番を考えなくてはダメだ。適当に放り込んではダメだ。下着類は手前に。上着は奥にが鉄則。

無料のドライヤーで髪を乾かしびしっとしたら、番台に「どーもー」といって出る。木札をガチャっとやって外に出る。駐車場を歩いて振り返る。空に突き刺さる煙突。素晴らしきかな。

在り来たりたりだけど特別。銭湯は昼下がりに行くに限る。

銭湯の詳細

『たつの湯』[所在地]練馬区石神井台[最寄り駅]西武池袋線「大泉学園」駅下車徒歩15分[営業時間]火~金曜14:00−22:00、土・日曜13:00−22:00 [定休日]月曜[入浴料]520円


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