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死者からの電子メール

わたしが大阪の実家から別府に帰った翌日。夫を送り出し、洗濯機を回しながら寝室でゴロゴロしていたわたしは、スマホでメールの整理をしていた。

整理とはいっても、ほとんどのメールをアーカイブフォルダに入れるだけなのだが。Gmailアプリを開くと、受信トレイの中身が表示される。着信メール一覧から、アーカイブしたいメールを選んで左にスライドすると、一覧から消えアーカイブフォルダに移動される。

アーカイブフォルダは、分かりやすくいうと「それほど重要ではないメールをとりあえずまとめておく箱」である。仕事をしていないわたしに届く電子メールは99%、ダイレクトメールだ。家のポストにとどくチラシと同じである。机の上におきっぱなしにしておくのは邪魔だが、捨てたら後で見られなくなる。とりあえず箱にまとめて入れておこう。そんな感じだ。容量がいっぱいになったら古いものから削除すればよい。

〇〇証券、△△オンラインストア、××ニュース…

実家にいる間、メールの整理をおこたっていたら、100件近く未読が溜まってしまった。どんどんスライドしてアーカイブしていく。その中に、見たことがない送り主のメールを発見した。スライドする指が止まる。

そのメールはヤフーメールから送信されていた。送り主は丸山民子という人だ。知らない人である。
わたしのアドレスをどこで手に入れたのだろう?いぶかしく思いつつメールを開いた。

【題名】初めまして。丸山民子と申します。
【本文】
突然のメール失礼いたします。
あなた様が現在治療をされている御病気に関してお伝えしたいことがあり、ぶしつけながらご連絡差し上げました。
メールでは詳細をお伝えすることができません。このメールを信じていただけるのなら、3日後の正午に福岡県朝倉市にある美奈宜神社境内においでください。
K神社 丸山民子

わたしが病気の治療中だということを、この人はなぜ知っているのだろう?気味が悪い。

待ち合わせ場所に指定された、朝倉市にある美奈宜神社についても調べてみた。検索すると、ネットニュースがいくつかヒットした。美奈宜神社の境内にある「白峯神社」が、縁切りにご利益があると近年話題になっているらしい。
白峯神社の祭神は崇徳天皇だ。菅原道真や平将門などとならび“日本三大怨霊”に数えられている。崇徳天皇は、保元の乱で父の鳥羽上皇と弟の後白河天皇に敗れ、讃岐の白峯山に配流された。崇徳天皇は白峯山で亡くなり、墓所だった場所は白峯宮という神社になっている。
実家で見た夢を思い出した。夢枕に立った祖父が最後に言った言葉だ。

「シラミネサンに登ってくる…」

全身が総毛立つのを感じた。

メールの送り主が所属するKという神社についてもググってみた。すると、和歌山県新宮市に実在する神社であることが分かった。民子さんはそこの神職だろうか。それともその家族だろうか。
しかし、丸山民子さんは2015年に亡くなっていることが分かった。死因は…

「乳がん」

丸山民子さんは、大分県在住の某霊能者の信者だった。「血を浄化する」と標榜し、ガンを祈祷で治すと謳う霊能者だ。“丸山民子/K神社”で検索すると、その霊能者のブログがヒットした。ブログには、丸山民子さんが亡くなったことが記されていた。

丸山さんは亡くなる1年前、その霊能者から別の霊能者に鞍替えしたらしい。
「わたしの元にとどまっていれば死なずに済んだのに」
ブログにはそんな感じのことが書かれていた。

それが事実なら、このメールは亡くなった人から送られたことになる。まさか。生きている人が丸山さんになりすまして送ったに違いない。
しかし、何のために…

わたしは少し迷ってからメールに返信した。わたしが闘病中であることをなぜ知っているのか。わたしのアドレスをどこで入手したのか。なるべく丁寧な言葉をえらび文章を返信した。しかし送ったメールは、宛先不明のエラーメッセージとともに返ってきた。

こんな怪文書は無視したほうがいいのかもしれない。そう思ったが、祖父の言葉がひっかかる。

メールで指定された日の朝、わたしは朝倉市に向かって出発した。

温泉好きが高じて20年以上暮らした東京から別府に移住しました。九州の温泉をもっと発掘したいと思っています。応援よろしくお願いします。