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身を守る

ウクライナで大変なことが発生した直後、私は体調を崩しました。仕事は普通にできるのですが、なぜか心が晴れないのです。疲れも続きました。人生の後半戦に差し掛かり、いよいよ同時通訳の仕事もキツくなってきたかと感じていたところ、通訳仲間がある言葉を教えてくれました。それは、

「共感疲労」

でした。

カウンセラーや医師に見られる症状だそうです。また、大事件を扱い続けるマスコミ関係者も見舞われやすいとのこと。ただでさえ衝撃的な内容であるのに、それを何度も何度も見聞する。すると心がどんどん摩耗してしまうのです。

戦場特派員たちは、通常の記者と比べ、アルコールや薬物依存、鬱などに見舞われるという研究結果が出ています。それにより家族や人間関係に支障をきたし、仕事への影響も生じるとのこと。20年前に勤めていたロンドンのBBCにおいて、当時印象的だったのは、そうした記者たち向けのPTSD防止社内教育が行われていたことでした。

今、私たちは情報社会に生きています。昨日私たちが接した衝撃的なニュースにより、今なお、多くの人々はショック状態だと思います。デジタル社会以前であれば、せいぜいテレビや新聞・ラジオが情報入手手段でした。しかし今はスマートフォンの時代。常時スマホをONにしておけば、どんどん雪崩のように衝撃的な見出しが目に入ってくるのです。

なぜLINEが無料なのか?それは、そうしたニュース見出しをスマホ画面上部に掲げてアクセスしてもらうことでビジネスが成り立っているからです。クリックすることで、私たちがどのようなニュースを嗜好しているかがビッグデータとして蓄積されます。私たち一人一人がデータ収集のネタとなっているのです。

子どものころ愛読した「だめの子日記」の中で、著者の光吉智加枝さんは、丸一日「あさま山荘事件」をテレビで見たときのエピソードを綴っていました。当時、光吉さんは10代前半。寸暇を惜しんで勉学に励む日々の中、長時間テレビにかじりついていたと書いています。それは、「積極的に視聴した」というよりはむしろ「メディアの報道をただ眺めてしまった」という、どちらかというと後悔のにじみ出た文章でした。

大きな出来事が発生すると、人はそのニュースを知ろうとします。「知る」というのは人に備わる欲求の一つでしょう。けれども、知ったあと、それをどのようにして自分の今後の生き方につなげていくのか。それが大事なのだと私は思います。知らぬ間に大量のニュースに私たちの心身が蝕まれてしまうのは本末転倒です。

スマホ画面の上部に入ってくる悲しいニュースが気になるなら、「今日は一日スマホはお休みする」と関係各所に宣言した上でスイッチを切り、カバンの中に入れてしまうのでも良いでしょう。どうしても使わざるを得ないなら、画面上部に付箋紙やマスキングテープを貼るという手もあります。

自主的に心を守る方法をとる、ということも、今の情報社会で生きる私たちが必要とするスキルだと思います。

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