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時間

日経夕刊の1面に連載されている「あすへの話題」。毎週土曜日はピアニストの仲道郁代さんだ。9月10日のタイトルは「時間が交錯するとき」。作曲家がどのように時間と向き合っているかの解説が興味深かった。カギカッコ内が仲道さんの言葉である:

*ショパンは「過去の自分への後悔がある。過去を語り、思い、嘆く」
*シューマンは「未来への夢と現在の苦しみの狭間」
*ベートーヴェンは「自己の変容のプロセス(大雑把に捉えるといわゆる苦悩から歓喜へ)」

私は幼稚園から18歳までピアノを習っており、いずれの作品も演奏したことがある。しかし当時は技術的向上だけが目標になってしまい、作曲家の心の中まで想像する余裕はなかった。仲道さんの文章にハッとさせられた。作曲家とて一人の人間。喜びや苦悩、悲しみで日々あふれていたであろう。

書店やネットを覗くと、生き方指南メッセージであふれている。今、苦しみや悲しみのさなかにいる人にとって、そうした文章は救いになる。でも、いにしえの作曲家や文筆家、画家や写真家などは、いずれもその胸中にあるものを芸術という形で昇華させたからこそ、名作が残った。そして、感動を呼び起こすそれらの作品が、時代を経て今の私たちを励ましている。

そう考えると、今の私たちの苦しみが何かしらの形になってどこかに伝わり、それが誰かの支えに将来なることもありうる。だから自分が今の苦悩に埋没しつくしたら、少し顔を上げて何かに反映させていくことも、時間や空間を超えて貢献につながるのかもしれない。

ところで今、日付を書きながら改めて気が付いた。明日11日は9.11事件から21年目となる。

(日本経済新聞2022年9月10日夕刊)

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