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黄金を運ぶ者たち インド編1 シェアハウス案件②

 仙道との神頼み道中では、不安を掻き立てるような、真夏の雷をよく聞いた印象が残っている。僕は彼と西へ向かい、熱田、伊勢、春日、出雲、厳島、宇佐と西日本の大社を巡り、事が穏便に収まるように祈った。

 そして旅に果てに別府に辿り着いた。そこで、旅塵を流しに市内を一望できる露天風呂へ足を伸ばし、ゆったりと湯船に浸かっているいると、仙道は不安げに口を開いた。
「大丈夫でしょうか?」

 悟りとも諦めともつかぬ、何か感受性を捨ててしまったようにも見えるシニカルな仙道だがことの重大さはひしひしと感じているようだ。
「大丈夫なわけないだろう。旅行代理店から出た情報はポーター一人一人を特定するものだろ。あとは各個に取り調べて、ジ・エンドじゃない」
「利根川さんはなんとかなると言っていますけど」
 そういう彼の頬は震えている。
「取調べを受けたことがない人だしね」
 僕は他人事のように、冷たく利根川を評した。
「不安じゃないですか?」
 彼は僕の表情を見ている。
「不安さあ。だからこうして神社巡りで、気持ちを紛らわせているんじゃない」

 彼は何も言わず、目を伏せ、重い沈黙がその場を支配した。ややあって彼が口を開く。
「僕はもうできません。やってしまった事の責任の重さに耐えられませんし、これからの事を考えると怖いんです」
 僕は返す言葉に惑い、また束の間の静寂が訪れる。

「そうだなあ。しばらくはろくなことにならないだろうし、落ち着いたらまた声掛けるよ」
 僕は穏やかに言った。
「すみません。利根川さんの指示に従って、秘密は守ります」
 彼はそう言ってうな垂れる。ふと見ると、彼の頬を一筋の涙が流れていた。
 数日後、利根川が税関の取調べを受け、当面ガサはなさそうだとの報告があって、僕らは帰京した。


 僕は利根川に仙道の離脱表明と、供述については利根川の指示に従うと言っている事を伝えた。逆に利根川からは「初めの三人」のうち小森と岡島が「当分休む」という報告があった。

 それは仙道と同じく事実上の引退宣言であろう。小森は高橋のキャッチで危機感を抱いている。だが、美容医療や人材育成助成金の紹介ビジネスで利根川に声を掛けていて、彼もその手の「怪しい話」は嫌いではなく、ノリ良く彼女に接していたので、利益が絡む人間関係に配慮する意味で「当分休む」という表現をしただけだ。岡島は自分で考える器量がないので、小森に思慮を委ねた。

 予想はついていたが、僕に何の相談もなくそういう話を利根川にしたということは、僕と距離をとりたいのだと察せられ、先々保身に走り、何かと僕に責任転嫁されるのだろうと思い、人間関係の虚しさが込み上げた。

 その後、仙道のポジションに就いたのが山中だ。彼は自身が、非社交的なことを自覚はしており、ポーター集めや管理については、人懐っこいキャラの千葉を頼り、手下のように扱った。いわば二人で仙道一人分の穴を埋めた格好になる。しかしなお埋まらず、利根川は策を講じることとなる。

 一つは渡航先で、トランジットを使った複雑な旅程の構築は二人には理解できず、やむなくバイヤーが同行する香港単純往復というスタイルになった。

 もう一つは事前のフィッティングや説明が必要なからだに隠す方法から、より簡単に出来る、改造した専用キャリーケースに隠す方法への変更だ。

 そして、利根川から頼まれた僕と西野の立場が山中と千葉をサポートする「オブザーバー」という位置である。しかしこの二人は、創意工夫や臨機応変さに欠け、問題が起こるたびに僕と西野にお呼びがかかり、その解決に当たらなければならなかった。救いはポーターの確保という点では千葉は仙道よりも積極的に動き、僕と西野は千葉に肩入れし、多くの人を繋いだ。

 西野は「いちいち、山中と千葉を介さずに、二人でやった方が早いのに」と言っていたが、利根川は「捜査が二人にいつ及ぶかわからないから、あくまでオブザーバーで」と譲らず、一方でトラブルだらけで
(このままでは、いずれ破綻する)
と思っていた矢先のシェアハウス組のキャッチだった。


「真田さん、大丈夫ですか?」
 利根川のやや大きな声で僕は我に返り、回想から現実の世界へと戻った。僕は暫時の放心状態を利根川に詫びた。テーブルに目を向けると、彼のドリンクは空になっており、利根川からそわそわした雰囲気が漂っている。
「気落ちしてるところ申し訳ないのですが、売却の予定もありますし、そのう…」

 僕は気づきが足りなかった事を再び詫びて、巾着袋に入った金塊を彼に渡した。利根川はそれを急いでスーツケースにしまうと立ち上がって、
「頑張りましょう」
 と言い、僕の肩をにポンポンと叩いた。彼なりに僕を元気付けようとしたのであろうが、その口元は不自然に歪んでいて、返って利根川の苦衷を強く感じる。

「では、ここで」
 彼は踵を返し、品川駅へと向かうコンコースを足早に去ってゆく。僕はその背中を目で追ったが、来たときよりも張りがあり、これから行う売却という行為に向かって、気持ちを切り替えようとしているのであろう。

 遠ざかる背中が雑踏に消えると、僕は高い天井を見上げながら呟いた。
「やはり、インドしかない」

次話 それぞれの暗闘①

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