黄金を運ぶ者たち18 発覚
北千住駅から八月のサディスティックな熱気の中を歩き、喫茶店サンローゼの扉を開けると、その瞬間、乾いた冷気が押し寄せ、心地良く肌を包んだ。店内に入って客席を見渡すと僕に気づいたスキンヘッドの男が手を振った。山中だ。その隣に座る仙道は肩を落とし、唇を噛んで俯いている。彼の正面にいる利根川の表情はここから見えない。僕は三人のボックス席に近寄り、利根川の真横にゆっくりと座った。すると利根川は「ああ、真田さん」と脱力気味に言って、右手に持っていた紙の束を、ややぞんざいに僕に差し出した。
「旅行代理店が税関に提出した、メールのやり取りです」
山中が仏頂面で補足する。僕は黙って頷いてそれを受け取り、目を通した。その中身については内容をだいたい聞いていたが、実際に手にして、文章の中に「ポーター」「バイヤー」「ゴールド」という単語を見つけると、その都度ため息が出た。
「なんでまた電話でやり取りしなかったの?」
と僕が訊くと、仙道は
「遅い時間の電話は申し訳なくて」
と苦しげに言う。それを聞いた利根川と山中は呆れたように肩をすくめた。
「法律に詳しい友人に聞いたところ、仙道くんと真田さんは即逮捕もありえると。わたしも危ないとのことなんですが…」
利根川は弱気にそう言った。
「可能性としては逮捕もありえますが、税関の捜査の段階では、即逮捕はないとは思います。だって現行犯の僕や高橋さんも逮捕されてませんしね。ただ、ガサの可能性は高い。高いというよりほぼ絶対あります。というわけなので、僕らに出来ることは自分たちの証拠隠滅ですね」
確たる根拠はないが、状況を考えるとそのように思え、弱気になった利根川を励ますように自分の考えを述べた。
「ああ。また罪を重ねますね」
利根川は、ため息混じりにそう口にして、仙道に非難の視線を向けた。
「自分の犯罪の証拠を隠すのは当たり前のことで、それで罪状が増えるわけではありません。証拠隠滅というのは他人の犯罪の証拠を隠すことで、誰かに証拠隠滅を依頼するのはダメです」
山中が怜悧な口調で解説し、言葉を続ける。
「あと、取調べの際の口裏あわせですよ、我々の関与は出ている証拠を考えると否定は難しい。ですが『誰の命令でやったか』ということに関しては、責任転嫁できる部分があるかもしれません」
「それはもう、毛沢東の指示でしょう」
利根川は力強く言った。
「追求が毛沢東まで及べばバレますよ。捜査はそんなに甘くない」
僕は悲観的だった。
「そんな弱気なことを…毛沢東だってはっきりは言えないから、ヤツのせいにして切り抜けられます」
自信を覗かせる利根川に、僕は懐疑をこめて「どうかなあ」と呟いた。そこに山中が入ってくる。
「では、それも、『言えない』すなわち『黙秘』ということに一旦しておき、当局の利根川さんへの対応次第で判断するのでは良くないですか」
今回こうして会う前に、僕らはオンラインで話し合いをしている。そこで捜査から逃れるため、僕、仙道、山中はしばらく身を隠すことになり、既に旅支度を終えこの場にいる。ただ利根川は仕事と家庭の都合で自宅から離れられない。なので、彼が当局からのアプローチを待ち、その結果で僕たちの対応を決めることになった。山中の提案はその方針に沿うものなので異論はない。
ここまで話すと山中は無表情で立ち上がり、
「ではみなさんお元気で。僕は大阪の友人のところへでも行きますよ。利根川さん。再開の連絡待ってます」
と言って、キャリーケースを引いてその場をあとにした。
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