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詩誌「三」67号掲載【walk】石山絵里

南向きのこの部屋は光がよく射すから、照明に頼らなくても君に手紙だって書ける。窓から見える空の青。もくもくとふくれてゆく入道雲。いつの間にか夏休みも半分が過ぎた。昨日はどんな日だったっけ。去年の夏のことは覚えているけれど、昨日のことが思い出せない。次から次へと明日が今日になる。今日をやっとの思いで送り出す。昨日がどん底の日でも、夜が明ければ今日の私になって歩き出す。去年の夏、確かに私達は一緒にいた。大丈夫だよ。君の言葉で私は今日を迎えられるようになったけど、君と一緒に空を眺めることはもうない。こうして手紙を書いて、私は生きているって確かめる。君に伝えはしないけど、記憶をたどりながらゆっくりと立ち上がる。雲がすこしずつ形を変えて動いてゆく。その先には何があるだろう。刻々と近づいてくる未来。みんな何でもないよって顔をして通り過ぎてゆく。君もどこかで確かに生きている。真新しいスニーカーの靴紐を結び直して、私は一歩踏み出す。

2022年9月 三67号 石山絵里 作


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