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横田老師に学んだ「御朱印文化に大切な『手を合わせる』意味」

神社お寺・御朱印の検索サイト「ホトカミ」運営代表の吉田 亮です。
先日インタビューさせていただいた、鎌倉・円覚寺の横田老師のインタビュー記事を公開しました。

毎朝Youtubeで法話を聞かせていただいている大好きな横田老師にお聞きしたなかでも、
今回は「御朱印を文化として、良い方向へ育んでいくために大切なことを」をテーマに学ばせていただいたことを、まとめました。

答えの無い問いと向き合うとき、神主さんお坊さんにインタビュー

私はこれまでも、今後のホトカミの方向性が間違っていないか悩んだとき、そのヒントを得るべく、神主さんやお坊さんにインタビューさせていただきました。

特にホトカミを始めた1年目から2年目にかけては、
「伝統文化を守るとは?」という問いがテーマでした。

当時はまだまだホトカミのユーザーさんも少なかったですが、いずれサービスが大きくなって影響力が増えたとき、
廃仏毀釈のような悪い方向性に進めてはいけない!
100年単位で見て、良い方向性に変化を起こしていけるサービスにしたい!と思い、既に1000年単位で文化を守っている方達から学ばせて頂こうと、インタビューさせていただきました。

伝統を守るとは、大切なものを守るために時代に合わせて表現方法を工夫すること

当時のインタビューでは、世界遺産・仁和寺の瀬川門跡、出雲大社の千家権宮司、熱海の来宮神社の雨宮宮司など、多くの方にインタビューさせていただきました。

その結果、『伝統を守るとは、大切なものを守るために時代に合わせて表現方法を工夫すること』という真髄を学ばせていただきました。

なるほど!
大切なもの(目に見えない精神性や文化、四季を感じる心など)を守るために、時代に合わせて表現方法は工夫するのか!と、その後の指針になりました。

このことについては以下のnoteでまとめました。
「伝統を守る」とGoogle検索すると、上位に表示されることもあり、これまで1万回以上、読んでいただきました。

御朱印ブーム。御城印、御書印、魚朱印・・・、郵送や印刷、形態も多様化

元々、歴史好きがきっかけでホトカミを始めた僕は、
「どの神社お寺にも、固有の歴史がある」。

参拝記録を通じて、歴史を残していくことこそが、
神社お寺を100年後に残すことに繋がるのだ!と、はじめは御朱印に注目していませんでした。

しかし、ちょうどホトカミを始めた2017年頃から御朱印を集める方が増え、ユーザーさんと話していても、「御朱印の情報がもっと欲しい!」と言われることが増え、次第に御朱印の情報も充実させていきました。

2019年には、令和元年五月一日の明治神宮での御朱印8時間待ち!など、一部の方だけが集めていた御朱印が、次第に一般化していきました。

今では派生した、御城印、御墳印、御書印、魚朱印・・・など、さまざまな○○○めぐりに展開しています。

ホトカミが多くの方に使っていただけるサービスになったのも、御朱印の影響が大きいのは間違い無いです。

さらにコロナ禍以降、郵送での授与も増えていきました。
御朱印の素材も、元来の和紙だけではなく、切り絵、クリア(透明)、西陣織の御朱印など、多様化しています。

『伝統を守るとは、大切なものを守るために時代に合わせて表現方法を工夫すること』
この教えに立ち返ったとき、まさに表現方法は工夫されています。

御朱印で大切なことは、なんだろう?

ただ、僕はずっと気になっていました。

「御朱印で大切なことは何?」
「何を守っていくために、表現方法を工夫するんだろう?」
「御朱印めぐりとスタンプラリーの違いは何?」

もちろん、これまでもたくさんの神主さんやお坊さんと、御朱印で大切なことはなんだろう?と話し合ってきました。

筆で書く、写経や読経する、印鑑が重要だなど、
いろんな意見を聞くたびに「そうだな!間違いない!」と思いつつ、
筆で書かず印だけでも御朱印だし、印刷のものもある、そもそも写経や読経が条件なら神社はどうしたら・・・など、何かもっと普遍的な大切なものがあるんじゃないかとずっと考えていました。

他の文化を参考にしようと、江戸時代の浮世絵の歴史を調べたりもしました。

しかし、なかなか答えが見つかりません。

そんなとき、横田老師にお話し聞かせていただく大変、貴重な機会を得ました。

御朱印めぐりのルーツは、お釈迦様の時代のインド

「御朱印を文化として、良い方向へ育んでいくために大切なことを教えていただきたい」という私の質問に対して横田老師は、まず巡ることの起源を教えてくださいました。

西国三十三所がルーツとまでしか考えが及んでいなかったため、
以下のお釈迦様を起源としたお話には目から鱗でした。

私は仏教について考えるとき、まず「お釈迦様が何を説いていたのか?」を大事にしています。

御朱印の起源は巡礼や巡拝にあるのでしょうから、
巡礼・巡拝について仏教の歴史から考えると、お釈迦様の時代までさかのぼることができます。

お釈迦様はお亡くなりになる前に「四つの聖地を巡拝しなさい」と説かれました。

四つの聖地とは、自分の生まれたルンビニ、悟りを開いたブッダガヤ菩提樹(ぼだいじゅ)下、はじめて説法した鹿野苑(ろくやおん)、涅槃に入ったクシナガラのことで、 四つの聖地を巡拝すれば、その功徳は計り知れないと説かれています。

このお釈迦様の言葉がきっかけで、聖地をお参りする習慣ができたのだと思われます。

日本からインドの聖地へお参りに行くことは困難ですので、
やがて日本の由緒あるお寺を巡拝するようになったのだと想像します。

お釈迦様をお慕いし、その教えを大切にする気持ちが、巡礼になったのでしょう。
https://hotokami.jp/articles/267/


御朱印に大切な、『手を合わせる』意味

そして、大切なこととして、以下のようにお話し下さいました。

お寺や神社に行くと、皆さん手を合わせられますよね。
手を合わせるというのは、素晴らしいことです。

「仏を一拝すれば妙心を生ず(仏さまを拝めば仏さまの心が生まれるのだ)」という言葉があります。
ご本尊様に一度手を合わせて拝むだけでも、自分の心のなかにある仏さまの心があらわになってくるものです。

人間というのは、胸の前で手を合わせると不思議と心が落ち着くのだと思います。

御朱印がスタンプラリーになっているという批判も耳にしますが、最初はそうだったとしても、一歩お寺や神社に足を踏み入れ、ご本尊さまの前でひとたび手を合わせれば、その人が仏さまの心に目覚めるきっかけになるのです。
https://hotokami.jp/articles/267/

なるほど!

手を合わせることが大切。

ホトカミのロゴにも入ってるくらいなので、手を合わせることの大事さはとても納得。

そこで私は「やっぱり足を運んでお参りすることが大切なんですね」と相槌を打ったところ、横田老師は以下のように仰いました。

ーーお話をお伺いして、足を運んで手を合わせることの大切さをホトカミでも強調していくべきだとあらためて感じました。

その通りです。

ですが、現地にお参りするのが良いと言うのと同時に、
足が不自由な方など、直接行けない方のために、行かなくてもお参りできることの有り難さも伝えていかないといけません。

郵送の御朱印というのも、パッと聞くと横着してはいけないと思うのですが、行けない人にとって一つのご縁になるのは良いことだと思います。

昔から直接お参りできない方の代わりにお参りをする「代参」というのがありました。
それが変化したものだとも考えられますでしょう。

たしかに、、、!!
足を運ぶ原理主義になってしまってはいけないですね・・・

私がこの一年で出会ったホトカミユーザーさんの一人も、
1年前は病院のベットの上で寝たきりの状態から始まったけど、今では月替わりの御朱印を毎月、自分の足でお参りできることに有難さを感じているという方もいらっしゃいました。

郵送やいろんな方法があるからこそ、ですよね。

横田老師、今後の指針となるようなお話をいただき、本当にありがとうございます。

今後も変化し続けるので、思考停止にならないように、
常に問い続けながらも、
【手を合わせる】ことを大切にしていきます。

ぜひみなさん、記事をお読みください。

円覚寺さまのYouTubeもオススメです!
YouTube法話を聞きながら、ストレッチして、お茶をたてて飲むのが毎朝の習慣です。
インタビューの様子についても、ご紹介いただきました。

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