じじょのこと

二女は22歳で産んだ。
長女とは4歳違い。
母乳は余り出なくて、
早々にミルクに切り替えた。
その方がどれだけ飲んでいるか
明確に見えて良いと思った。
夜泣きはしないが後追いが酷く
良くおんぶして家事をした。

かきくけこが上手く発音出来ず
キリンさんがチリンさん
ケーキがチェーチになって
可愛かった。

雨音をポツポツ、ではなく
ツポツポと表現した。
子どもは自由だと思った。

動物が好きで
当時元夫が飼育していた
陸亀や熱帯魚やハムスターを
いつまでもじっと見ていた。
手放すことになったり
死んでしまうと静かにしくしくと
泣いていた。

絵を描くのが好きで
紙とクレヨンでおとなしく
遊べる子どもだった。
教えもしないのになんでも上手に
描いた。

おしゃべりで積極的な長女とは
対照的で
寡黙で静かな性格だ。


私と夫の不穏な空気を
娘たちは敏感に感じとり、
幼い頃から
親の顔色を伺い生活していた。

戦中生まれの両親の下に産まれた私は、多分大多数がそうだったと思うが、父親と遊んだ記憶は皆無だ。
そんなことは無いか…?

だから
母親である私が子育てを一手に引き受けるのを
疑問に思うことさえ無い、
そんな世の中だった。ように思う。

私の実家より
更に家父長制バリバリの家庭に育った元夫は、
家事育児は一切せずに
仕事から帰宅すると
風呂に入り酒を飲んだ。

若かったからビールを飲みながら
とりあえずお腹を満たし、
それからゆっくり
強い酒を毎晩飲む。

大量のおかずと酒のつまみを
毎日作った。
味が気に食わないと
怒られるので
必死に元夫の実家の味を真似た。

娘たちはそんな私の
味方だった。
表向きは私と娘二人の三人で
元夫を盛り立てる。
裏では私を労ってくれた。

今考えても
吐き気がする家庭環境だ。


結婚して数年、
二女が2、3歳だったころ
私は夫に隠れて喫煙していた。

夫は酒飲みで
ヘビースモーカーだったが
私には両方とも
絶対に許さなかった。
完璧な貞淑な妻を求められて
がんじがらめだった私は
ストレスが高じて

夫が嫌がる最たるもの
(大袈裟だが当時はそう思っていた)として、喫煙を選んだ。

夫の留守に
小さな台所で喫煙しているところを
二女に見られた。

私は慌てふためき
どう取り繕うか思案したが
隠せる訳も無く。
落胆した表情をしていたと思う。

その私に
まだ幼児の二女が言った。

『お母さん。お母さんは、
もっと堂々としていて良いんだよ?
たばこだって、隠れて吸わなくても良いんだよ?』

目に涙まで溜めて
そういう意味のことを
私に優しく強く訴えて来た。

余りの大人びたせりふに
私は驚き、また、彼女の言葉に
打ちのめされた。

ほんとうにそうだよね、
ごめんね、ありがとう、
そんなことを言いながら
私と二女は台所で
抱き合って泣いた。


二女に聞くと
記憶に無いと言う。

しばらくは誰にも話せなかった。

それ以来、
私は二女には頭が上がらない。

本当に二女がそう言ったのか、
今となっては
記憶だけで
証明も出来ない。

自分に自信が無く、
元夫の支配下にいた私が
これではいけない、
と思うきっかけになった
不思議な出来事だ。

それから、38歳で離婚するまで
長い時間がかかるのだが。

あの時二女は
私の切羽詰まった精神状況を見て
一時的に大人になって
私を救ってくれたのでは、
と今は思う。


美談ではなく、
私が如何に未熟な親だったか
と言うエピソードだ。
親として恥ずべきエピソードだ。
私はこのことを
死ぬまで忘れず生きようと
思う。


そんな幼児だった二女は
大学で美術を学び
介護施設で働き、結婚し、
そして昨年離婚した。

今は長い休暇中だ。
元気は無い。
良くうなされて、睡眠薬を飲んでいる。

鬱病と診断され、
年末で約2年になる。

認知症がじわじわと進んでいる母と
鬱病の二女。

二人を見ていて
時々疲れたな、
と思うが
投げ出したい気持ちには
ならない。

外出もままならないが
元々出不精だ。

元夫から受けていた
肉体的精神的DVに比べたら
百万倍ましだ。

でも時々思う。
二女は私のもとに生まれて無ければ
こんなに
生きづらい人生では
無かったのでは?と。

幼い頃から
親の顔色を伺い
母の心配をし、
自分を置き去りにして生きて来た
二女が、今鬱に苦しんでるのは
必然で
私に責任があるのではと。

だから私は
私ができることは
私自身が
生き生きと自信を持って
生きることだと思っている。

いつか、
彼女が心から笑える日が
来ることを信じて。

さあそろそろ二女を起こして
ミントティーでも
飲ませよう。

台風が近づいている。
どうか被害が最小限になりますように。
被害に遭われた方々が
早く元の生活に戻れますように。

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