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喪失ストレスと半年間

節目を迎えたので少し振り返ってみる。
今年の春に身内に不幸があった。なんの前触れもなかった。病院に運ばれた連絡が私の元に届いた五分後には心停止していたという。
死亡診断書に死因は大腸がんと記載された。半年ほど前に見つかったが、積極的な治療はせず経過観察をしていた。イレウスを予防するためにステントを入れないかという話が出た矢先の訃報。病院の明細書を確認したところヘパリンが投与されていたので、脳塞栓が直接的な死因だったのではないかと推測した。大腸がんで亡くなる人はもっと衰弱して死を迎える印象がある。苦しまずに逝かせてもらえたのはよかったのではないかと思わなければやってられなかった。
あっという間に葬儀が終わり、私は日常に帰ってきた。それは何があっても変わらずに流れている。亡くなった身内と同じくらいの年齢で同じような病気を患った人が職場にたくさんやってくる。検査もリハビリも看取りも平等に迫られる。似たような入院契機、似たような既往症、似たような常用薬。少しでも似ていると感じた瞬間辛くなり仕事をする手が止まった。
もっと早くステントを入れていれば。別の病院に行っていれば。うちに来てくれていたら。助かっていたのではないか。そんなことを考えずにはいられなかった。なぜ似たような症例なのに元気に退院できるのか。なぜうちは死亡退院しなければならなかったのか。ずっとそういうことを考えていた。患者の訃報を聞くと悲しい気持ちが蘇った。死亡退院時の対応は確実に遂行しないといけない重要度の高い業務の一つだが、感情が邪魔で仕方がなかった。
二ヶ月ほど仕事に支障が出た。生活にも影響が出たため心療内科に相談し薬を出してもらった。カウンセリングも受けた。
法事などで家族と故人の思い出を語り合い、暑くなるに連れて少しずつ悲しい気持ちは和らいでいった。その過程でグリーフケアという言葉を知った。大学でも、臨床現場でも出会わなかった概念を勉強できたため、貴重な経験として昇華することにした。

2024年春から初夏にかけて、喪失ストレスによる心身の不調に苛まれた。
仕事は気合いで乗り切れたが、趣味の活動はそうもいかなかった。
ゲームは何をしても楽しくなく集中できない。すぐに飽きてしまう。
魅力的なスイーツに興味が湧かない。出かけるのも億劫。そもそも食欲がない。
創作は一文字も書けない。脳内に映像すら浮かんでこない。
訃報を受けた当日から私の出力機関は稼働を停止した。そのため、5月と8月に予定していた即売会へのサークル参加を断念した。新刊を出せないなら参加する意味がないと思ったからだ。ただでさえスケジュールが厳しかったため申し込みに悩んでいたら期日ぎりぎりから症状が出始めたので、きっぱりと申し込まないという決断をした。7割方完成していた新刊の原稿はいまも手がつけられていない。
上記のように仕事で辛い思いをしている最中、創作活動を放棄したことで親しくしていた人から心無い態度を取られてさらに苦しんだ。そんなときにこの記事に出会って救われた。

前半のお便りに自分を重ねてしまった。
最低でも半年は辛いという回答に諦めがついた。どんなに頑張ってみても仕方のないことだと思い、規則正しい日常生活を送ることに努めた。先述したグリーフケアを実施し、悲しみととことん向き合い、医療者としての研鑽に励んだ。
そうして落ち着きを取り戻しつつあった7月某日、なんとなく過去に書くだけ書いて世に出さなかった小説を読み返していた。これの続きを書いて完全体にしたいという気持ちが湧き上がった。
気がつくと私はiPadに向き合っていた。ゆっくりだが文章が書ける。1ヶ月かけて5万字ほどリハビリをして調子を取り戻した。
そこでもう一度上で紹介した記事を読み返してみた。半年には少し早かったが、大体半年かけて喪失ストレスを克服することができた。信じてよかった。もう小説は書けないだろうとiPadを売却したり過去作を削除したりしなくてよかった。もう一度筆を執れたことを心から嬉しく思った。
いま書いている小説は完全に自分のためだけに書いている。他人の評価を気にせず、自分の性癖に正直になることで殻を破れたように思う。完成しても公開する予定ははないが、未来の自分を喜ばせるために頑張っている。
即売会で頒布するため、有償で見てもらうからには面白いものを書かないといけないというプレッシャーもどこかにあったのかもしれない。そういうしがらみから解き放たれて、私は一つ階段を上ったように思う。

今回は半年で済んだが、いつか来る親やきょうだいとの別れも同じように乗り越えられるとは限らない。
この体験を通して家族のありがたみを再確認した。感染症の流行のためなかなか会いにいけないが、いざというときに助け合える関係でいたい。今日は大切に思っている人全員から祝ってもらうことができた。愛し愛される関係が維持できるよう努力を続けたい。

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