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59.「性被害はされる側も悪い」?

Twitterに書くと、母に心配されそうでかけなかったことを書きます。

お母さん、もしこれを読んでも心配しないでください。あれから、ちゃんと窓は締め切って、戸締りも注意して、家に入る時は一度振り返ってから鍵を開けています。

だから、起こったこと感じたことのありのままを書かせてください。


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痴漢など性被害にあった人に対して「された側も悪い」と言われることがある。

そんな服装をしているから、知人と思って気を許したから。

特に、マンガや小説、ドラマなどでそう発言するキャラはよく目にする。

その影響からか、私だってそう感じている部分はあったし、誰しもそう思っている節があるのではないだろうか。

随分前だが、その内容のツイートを見かけたことがある。

趣味のアカウントなどで見かけたなら、流せたかもしれない。だがそれは、ほぼ実名の、会社の名前も載っているようなアカウントだった。

つまり、それだけ世間一般で支持されやすい、浸透した考え方なんだと感じた。


「される側も悪いんじゃないか」

この考え方は、確かに性被害者のの危機管理を煽るかもしれない。

だがそれとは裏腹に、「泣き寝入り」を生むのだと、自分が経験して知った。


それは、9月ごろのことだったと思う。

窓を締め切っているには熱く、エアコンをつけるには涼しかった。

そんな日は、窓を開けて涼しむようにしていた。エアコン代ももったいないし。

ただベランダ側の窓を開けるだけでは蒸し暑いので、廊下側の窓も開けていて風を通すことにしていた。いけなかったのは、そのことをすっかり忘れていたことだ。

お風呂に入ろうと、着替えを始めようとした時に、たまたま廊下側の窓に目をやって初めて気がついた。

(カメラが、向いてる…?)

窓の右端、こちらを向いている白いスマホのカメラと目があった。

それに気づいてしばらく固まっていると、向こうもそれに気づいたのか、そのスマホは横に引っ込んだ。

頭が真っ白だった。

とりあえず窓は締めよう。今扉を開けるのは危険だからやめておこう。
それで…それで?

警察は呼ぶべき?
でも窓を開けていたのは私。それを忘れて着替えようとしたのも私。
友達に相談…?それもきっと、窓を開けていたことを咎められて終わるんじゃないだろうか。

じゃあどうすれば?
締め切った窓からは、まだ視線を感じる。
私は怖くなって、怒られるかもしれないと怯えながら、仲のいい男友達に連絡した。

「警察に連絡した方がいいよ」

第一声がそれだった。そう言ってもらえた時は安心した。

警察に電話していいんだ。私、被害者なんだ。

そう思えたことで、かなり救われた。

翌朝、警察に電話するのは怖かったが、相談専用の連絡先(#9110)に電話し、事情を話した。

咎められることはなく、「パトロール増やす等しかできませんが、とにかく今から向かいますよ」と言ってもらえたが、授業があったので断り、後ほど連絡しますと伝えて切った。

結局あれから、もう一度連絡することはなかった。
やっぱり怒られそうで。それが怖くて。


半年たった今でも、あの窓から視線を感じることが多い。

きっと精神的にダメージを受けているんだろうな、と感じる。

このことは、あの男友達にしか言ったことがなかった。

こんな小さなことでも人に言えるようになるまでに半年かかる。


「される側も悪い」という主張は、間違っていない。

私がちゃんと危機意識を持って、窓を開けるのを昼間の数十分にしていれば、怖い思いはしないで済んだのかもしれない。

だがそれと同時に、「きっと怒られる」という思いが、誰にも助けを求められず、さらに閉じこもってしまう危険性を孕んでいることも感じた。

「最大限気をつけた方がいいが、被害者は被害者」

そんなふうにみんなも、私も、思うことができれば。
そんな思いでこのnoteを書いてみた。

これを読んでくださっているあなたは、どう感じてくれただろうか。

いつも読んでくださってありがとうございます。