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女に嫌われる女についての考察

ブブ、とスキニーのお尻のポケットに入れていた携帯が震える。
待ち合わせをしている彼氏からの「15分遅れる!ごめん!」というメッセージだった。このまま外で待っていようかと思ったけれど、改札を一歩出るなり前髪を見出して吹き付ける北風に負けて、すぐ近くにあるチェーンの喫茶店で時間を潰すことにした。「はーい。寒いから北口のドトールで待ってるね」と返して、今日はホットの豆乳ラテにしよう、と心に決めた。

日曜のお昼過ぎ、店内はまぁまぁ混んでいるので本当はコートを掛けられるテーブルがよかったけど、カウンターに座ることにした。この店舗は勉強や仕事の人向けにカウンターにパーテーションのついているタイプだ。座って一息ついていると、空席だった私のすぐ後ろの二人掛けの席を確保した女子二人組が「よっしゃ、テーブル席確保!」と喜ぶ声が聞こえてくる。やっぱりカウンターにしてよかった。その二人組は、飲み物を受け取ってから楽しそうに話し始めた。

「はーさっむ。あ、ねぇねぇ、たっつーの推し、熱愛報道出たじゃん」
「あぁーもうそれ言わないで、結構ショックデカかったんだから」
「アハハ、ごめんごめん、でも別にガチ恋ってわけじゃないでしょ?」
「そうじゃないよ。なんていうか、彼女とラブラブなのがショックだったんじゃなくて、相手がさ…お前そんな女に引っかかるタイプだったのか〜っていう、推しへの失望?」
「あぁそっちのショック?」
「別にアナウンサーが嫌な訳じゃないよ。同じ局でも、朝8時のニュースやってる人だったら全然嫌じゃなかったと思う。なんかさ、あの人って、女に嫌われる女の典型じゃない?わたし、悪いことしてないのになぜか女子に嫌われちゃうんです〜とか平気で言ったりしそう」
「めちゃ偏見(笑) 言わんとしてることはちょっとわかるけど。クラスに一人はいるタイプね。あの〜ほら、うちらの同期で言うと
「「ゆりなちゃん」」
「ヤバ、ハモったんだけど」
「ウケる〜なんかゆりなちゃん系統の匂いを感じるよね、ゆりなちゃんよりもっと計算されたあざとさって感じだけど」
「でも、さーちゃんって、結構ゆりなちゃんと仲良くなかった?」
「あー…なんか懐かれてた?かも」
「さーちゃん優しいからなぁ」
「うちら入社した時ってまだフリアドじゃなくて固定席だったじゃん。その時に私、デスク隣だったんだよね。だから経費精算とか、コピー機の使い方とか、入社直後のあるあるつまづきポイントを一緒に乗り越えてたの。お昼とかも一緒に行ったりしてたし」
「でも内心嫌だなって思ってたんだ?」
「言い方、悪意あるなぁ(笑) 嫌っていうか…かわいそう、なんだよな。ちょいちょい」
「かわいそう?」
「うん、例えばさ、私が髪ばっさりショートにして会社行った日に、めっちゃかわいい!似合ってる!って一通り褒めてくれた後、『あのね、実は私も最近髪短くしたいなって思ってて…真似しちゃってもいい?』って聞かれたことがあって」
「いや中学生か」
「でしょ?なんの許可やねん、と思うんだけどさ、多分だよ?昔に言われたんだろうね。私の髪型パクったでしょ!って。確かに小中学生の時ってパクりに対してシビアな時期あったけど、そこから女友達に対する認識がアップデートされてないんだなって」
「マネじゃなくてパクリって言ってた時代あったわ。確かに、小中までと高校以降で、友達とのつるみ方って結構違うよね」
「そうそう。それを実感しないまま大きくなっちゃったのか〜っていう。そう思うとなんか突き放すこともできなくて」
「さーちゃん達観しすぎじゃない?私はあの子、ぶりっこっぽくてどうも苦手だったんだよね」
「うーん、っていうか、コミュニケーションの出力モードがぶりっこしかないって感じだったよね」
「…もうちょっと噛み砕いてもらっていい?」
「ごめん(笑) ゆりなちゃんって確かに上目遣いだし、ちょっとぽわぽわした話し方なんだけど、誰に対してもそうなんだよ。私たち女子にも、かっこいい高橋先輩にも、キモい山西課長にもそう。打算ではないの。だから安藤くんみたいに勘違いしちゃう子も出てくるし」
「安藤くん!あったねその話!」
「そうそう。たっつーも聞いてた?私その時ゆりなちゃんから結構相談受けてたんだけど」
「さすが、懐かれてるなぁ」
「それでさ、話聞くとやっぱり、彼女的には特別扱いしてるつもりはないみたいで。だからこれ以上勘違いさせないように、ちょっと冷たく接したら?って言ったら、冷たくってどうやったらいいか分かんない、とか言うわけ」
「うわ〜」
「うわ〜でしょ?でもそれをさ、例えば高橋先輩に話聞いてもらってて言うなら計算だな、あざとい女だなってなるんだけど、私に言うんだよ。勝手に勘違いされて困る!キモい!って言えばいいのに。別に安藤くんに告げ口なんてしないしさ。信用されてないのかな?とも思ったけど、どっちかと言うとこの子は天性の八方美人なのかなって結論に落ち着いた」
「へ〜。確かに、ぶりっこってより八方美人の方が近いかも。そういえば今思い出したけど、めっちゃお土産くれたよね、ゆりなちゃんって。基本みんな長期休み明けとか、有給明けとかしか配らないのに、週末にちょっと旅行行ってきました〜ってだけでもお土産くれてさ。あれも今の話を聞くと納得かも。あれさ、嬉しいんだけどこっちもお返しした方がいいかな?って気遣うんだよね」
「うん。嫌われないように気遣いはすごいしてるんだけど、お土産もらったら返さなきゃって思わせるってとこまでは意識が行かないんだろうね。そういうところが絶妙に不器用で憎めないんだけど、一緒にいると疲れるっていう…あ、ふふ」
「なに、思い出し笑いして」
「いや、私、ゆりなちゃんに『私昔から女の子の友達少ないからさーちゃんが仲良くしてくれて嬉しい』って言われたことあったなって」
「あはは!やっぱりそういうタイプか〜」
「それで、私がそうなの?って言ったら『うん、なんか嫌われちゃうんだよね。僻まれてるのかな?』って」
「自分で言うんだ(笑)」
「そういうのって『嫌われちゃうんだよね〜なんでだろう?』に対して、相手が『僻まれてるんじゃない?』って言ってあげて『え〜そうかな〜?でも〇〇ちゃんが言うならそう思っておくね!』で丸く、綺麗に収まるやり取りじゃん。自分で言っちゃダメだろ…って思ったんだけど、大人しく『きっとそうだよ〜』って言っちゃった」
「そういう予定調和的なやりとりってどこで身につけてきたんだろうね。ていうか、僻まれてるで片付けるって、自分の振る舞いに非はないって思ってるってこと?つくづく不思議だな〜、自分に自信があるのかないのか」
「まぁ実際、僻みもあるとは思うけどね、ゆりなちゃん美人だし。でも絶対にそれが全てではない」
「声低っ!面倒なのに懐かれて大変だったね」
「ふふふ、そうね。今何してんのかなー。もう2年前?あの子が転職したの。元気にしてるかな。インスタとかもあんまり上げないからよく知らないんだよね」
「多分元気にやってるよ〜きっと新しい職場でも、さーちゃんみたいに見捨てきれない子がいるんだよ。そういうもんだから世の中って」
「そうかも。確か彼氏いたし、結婚してるかもしれないしね。うちらとはちょっと離れたところで、幸せになっててほしいね」
「そうだね〜…あ、そろそろ出ないと、あと15分で映画始まる!」
「え!ほんとだ危な。行こ行こ!」

そう言って二人組はバタバタとトレイを持って去っていった。これから何の映画を見るんだろう。

さーちゃん、龍岡さん(私はたっつーと呼べるほど仲良くなかった)、久しぶり。後ろ姿じゃ分からないよね。勝手に聞き耳立てていてごめんなさい。二人の想像通り、私は元気にしてるよ。結婚はまだしていないけど、龍岡さんの言う通り、今の職場でも仲良くしてくれる人もいる。二人の話を聞いた今、月曜日に話すのちょっと緊張するけどね。
実はね、さーちゃんが私のことをたまにめんどくさいと思っていたのはなんとなく感じてた。口角は常に上がっていたけれど、目に影が射すことがあって、私はさーちゃんのことが好きだったから、そうなるとああどうしようと内心慌てていたんだけど、そうやって顔色を伺うのが逆にイライラさせていたのかも。ごめんね。
でも、幸せになっててほしいって言ってくれて嬉しかったよ。多分、これからインスタ以上の繋がりを持つことはないし、二人に迷惑かけることはないと思うから安心して。

ブブ、と携帯が震えて、彼氏が近くに来たことを知らせる。はーよかった、二人がお店を出た後で。ほとんど口をつけないうちに冷めきってしまった豆乳ラテを一気に飲み干して、インカメで前髪を整えて、ちょっと強張ったほっぺをほぐして、リップを塗り直して。よし、と小さく声に出してから、寒くて風の強い外へ出る。


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