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【緊急事態宣言下でのキャンプ】みなさんはどうする?

まん延防止策の効果が上がらず、大阪、そして首都圏で再度緊急事態宣言が出されそうです。特に集中的な強化期間となるのがゴールデンウィーク。飲食店のみならず、テーマパーク、さらには遊興施設に対する休業要請が行われる可能性も出てきました。 そのような中、現在も大ブームが続くキャンプはどうしていくべきなのか、大変に難しい問題であると考えます。 行くべきか行かざるべきかではなく、行くのであればどうする、それに一つの提言を掲げたいと思います。

今度の緊急事態宣言が持つ意味は?

緊急事態宣言が発出されれば3度目。まん延防止策との違いが分かりにくかったり、緊急事態宣言自体になれてしまったり、以前のような緊迫感を持てるかどうかも難しいかもしれません。 しかし、そこはもう一度その意味と意義をしっかり見つめて行動をしていかなければならないのは当然でしょう。

 過去の2回と異なるのは「変異種」への対応。つまり今までと同じ対応ではなく、この特性に合致した行動変容をしなければならない点も忘れてはいけません。特に言われているのが感染対象の年齢層が広く、子供も含めた若年層にまで感染機会が強まったといわれる点にはしっかりと留意と対策が必要でしょう。

 このGW、キャンプを計画している人は相当数に上り、そもそもGWの予約は当の昔に終わっていて、どこに問い合わせてもすでに空きがみつからない状況です。かくいう私もかなり以前に予約を行っていました。同時に状況が悪くなっていってしまったらどうすべきだろうか、それもずっと考えていました。そして「まん防」が出た時点でした決断は、キャンセルでした。


なぜキャンセルをしたのか

キャンセルに至るまでに考えたのは次の2点。

① 今、どうしても行かなければいけないのか?
② キャンプだけを特別視できない


 ①でいうといわゆる不要不急の外出かどうかの観点です。これは昨年記事に書かせていただいたとおり、不要不急の外出が示しているのは「人混み」=「人流」を形成しやすい外出を控えてほしいということなので、電車に乗るわけでもなく、目的地で基本人混みを形成しにくいキャンプの特質はそれには当たらないと今もその考えに変わりありません。

 しかしもう一方、昨年とは大きく変わった心境があります。それは、感染防止の努力=外出を控える努力を出来る限り周囲と「共有」しようという思いです。

 繰り返しになりますが、合理的にみれば、キャンプは野外という密になりにくい空間を享受できるし、どこにも立ち寄ることもなくクルマで移動することは他の個との接触機会もないかなり安全なレジャーです。

 しかし、どこかでキャンプなんだからいいだろう、自身がそうなってしまうことを恐れました。以前だったらぶっちゃけ「別にいいんじゃないの、行っても」きっとそう思ったでしょうね。あのキャンプ熱に冒されていたときは。今はむしろ「今じゃなきゃいけない理由は何?」そう思えるようになり、それこそ台風や荒天の時と全く同じで、フラットじゃない状況でキャンプをすることには違和感を感じるようになりました。

 とはいえ、こういう時なんだからむしろキャンプに行くべき、いや自粛すべきだ、いろいろな意見があるでしょう。私の今回の決断を正当化するつもりはありません。よく、よく考えて、そして下したあくまでも一個人の判断です。


キャンプをするなら、発信を少し抑えてみては

おそらく緊急事態宣言は出るでしょう。そしてより強力な措置となる可能性があります。 私は先ほど申し上げたように、自分がキャンセルをしたからといって、キャンプに行かれる選択した方を非難するつもりとかは毛頭ありません。行かれる方がそれぞれの感染対策を最大で講じ、またキャンプ場が掲げるガイドラインをしっかりと遵守されるのであれば

 そこで、その上で、今回「一つだけ」提案です。

 キャンプは基本それぞれの個の内包的な楽しみであり、他へ知らしめることがそれを過剰に上回るということはないと思っています。目的として、です。

 ならば、この緊急事態宣が出されるであろう期間中だけは、通常の発信レベルを少し抑えてみてはいかがでしょうか。緊急事態宣言という名のもとに「キャンプやってますー!」というのはどうしても違和感を与えてしまうでしょうし、気持ちよく「いいね」とはいいがたいところも出てくるでしょう。

 緊急事態宣言において、その余波による苦渋、辛酸を舐めざるをえない方々が多数おり、そのお辛い立場はいかばかりかと思います。GWどころではないのが実情でしょうし。

 緊急事態宣言下では、なにがしかの我慢の共有が必要で、キャンプ場閉鎖にまでなった1回目の時にはキャンパー、キャンプ場双方で我慢をし、緊急事態を終わらせることへ同調できました。

発信のレベルを抑える、これは我慢というよりひとつの「思いやり」なのかな、と思いますす。規制でも何でもありません。でも、キャンプのように自然に触れて優しくなれるレジャーだからこそ、対岸の火事とはせず、そのときは少し静かにして、出かけることもままならずご苦労なさっている方の気持ちに少し思い遣ってあげたいじゃないですか。

 とはいいつつも、ずっと我慢しているのも身体に悪い?ので、せめて宣言が取り下げられるまでにし、その後は「〇〇へ行ってきた」というような改めてのカタチで小出し?徐々出し?まとめ出し?とかで行うなんていうのはいかがでしょうか。

 SNSはその時に発信しなけりゃ意味ないじゃないかといわれるのもわかっています。特にツイッター、インスタなんかは即時性でこそだとは思います。

 それはその通りとして、すべてが思い通りとはいかないのがまさに緊急事態なので、どこかで抑えるべきことが必要になってくると思います。

 繰り返しになってしまいますが、まずキャンプへ行くのであれば、各自の感染対策の徹底、そしてキャンプ場が示すガイドラインの遵守、そちらを第一に、なによりもご留意お願いいたします。



キャンプは特別、そんなことはない

私は以前の、キャンプがまだ実にマイナーであったときを知っているがゆえ、今のようなメジャーな姿、それもむしろトップコンテンツに近いカタチになったことはまさに望むべくあったものですし、とてもとても喜ばしいことと素直に感じてます。ある意味そのためにキャンプのことで長い間様々な発信を続けてきたわけですから。

 同時に、一気にメジャーになったゆえ、いや、周囲の空気からメジャーにさせられた部分もあり、そのなかで突如出現したほんの一部のキャンパー、あるいはメディアにおいて「キャンプは特別」という空気感が少しだけ漂ってきているようにも見えるのです。たとえば、コロナの情勢をあまり顧みず、キャンプは別でしょ、そういう煽りというか、それを仕掛けている側がいるというか。

 ブームの上に立つと、つい周りの景色が見えない時があったりします。そうかどうかは、今から5年前くらい、キャンプにとりつかれていなかった時代、キャンプに対してどのような感じをいだいていたかを思い出してみるとわかるかもしれません。今のキャンプへの思いと、以前のキャンプに対する感覚とが一緒かどうかを。

 私は自分が長年勤めていたファッションの世界で、回りの景色が見えなくなっていく状況をいやというほど味わいました。自分たちが世の中を引っ張っているかのごとく物言いをし始め、その勘違いにまるで気がつかず、遂にはとどまるところを知らない凋落に陥りました。

 なんだか、老人の戯言感ありありですね、実際(苦笑)。

 何言ってんだオマエ、ですよね。きっと。

 それは認めたうえで、もう一度「緊急事態宣言」が何のためであり、一国民としてどうやって感染拡大防止に努めるか、そして多くの国民の苦渋の気持ちを互いに緩和していくか、そこに立ち返ってどうしていくかをキャンプに投影しながら考えてくださるとありがたい限りです。


成長と同時に、社会を思いやり続けてほしい

 いまやキャンプは拡大した大きなマーケットとなりました。CMのいずれもがアウトドアやキャンプを意識したものが多数。自動車もSUV(風のも含めて)ばかりがバカ売れしています。

 アウトドアの筆頭としてキャンプ自体がインパクトのある経済活動促進となり、キャンプ場の経済活動もそれに合わせて活発化していきます。この経済活動が一過性のものとならないで欲しいし、同時に成熟したコンテンツとして、自然を愛するように、いつでも社会を思いやることのできるレジャーであってほしいと祈っています。



<付記>もう一つのお願い

各キャンプ場で厳格なコロナ対策ガイドラインが多数運用されています。そしてキャンパーも積極的に従われています。ただ一つだけ実状を見て一番実行できていないのは、受付時の「密」の発生です。満サイトの状態では実に難しい問題ですが、どうかキャンパー側でこれも一つのコロナ対策への協力なんだと心の余裕を持たれてキャンプ場側の対応へご協力ください。

 そして変異種への留意として、かかりやすくなった子供たちを常に野放しにならないよう見守ってあげてください。これはあの道志での悲しい出来事を繰り返さないためにも、です。 どうか、よろしくお願いいたします。

 (了)

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