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「物流クライシス」は世界的潮流だった…デジタル化で危機は乗り越えられるのか

海外大手プラットフォーマーの失敗から学ぶ「物流の未来」

 世界的に直面する「物流クライシス」に対して、どのようなデジタル対応が効果的なのだろうか。現実論としての落としどころを探ってみた――。




1. 物流業界の現状:世界と日本の違いを探る

1-1. 世界の物流業界の現状

 世界の物流業界は、デジタル化の波とグローバル市場の成長により大きく変化している。元々拡大の様相を呈していたEC(電子商取引)市場であるが、コロナ禍による巣ごもり需要の影響もあって、EC市場の成長はさらに加速している。Statistaの調査によれば、2005年には10億人程度であったインターネットユーザーは現在では50億人以上いるとされる。ECの成長を下支えするのはスマートフォンからのアクセスで、2022年第2四半期には小売店のウェブサイトの訪問者数の7割以上をスマートフォンが占めた。現時点で他のデジタルインフラが整っていない地域では、モバイル端末の普及が次世代の購入体験を形成していくことが見込まれている。モバイル端末上のECはアジアで特に人気があり、韓国では取引総額の72%以上がそれによるもの。スマートフォンがあればネット注文でき、小口かつ短時間での配送も可能なため、ニーズは高まり続けるだろう。世界のリテールECに関する最新の試算によると、米国の2024年から2028年までの年平均成長率(CAGR)は11.8パーセントで、世界20カ国中最も成長率が高くなる見込みだ。米国のEC市場規模は、8,340億米ドルと推定されている。インドとメキシコも、世界で最も成長が著しいEC市場であり、CAGRは11パーセントを超えている。同時期の世界のリテールEC市場全体のCAGRは、9.8パーセントであったと推定されている。米国のリテールEC市場規模は、2026年に1兆米ドルに達すると見込まれている。
 2021年の世界のECの売上高は5兆2千億米ドルを超え、同年の全世界の小売売上高の19%近くを占めた。先の説明の通り、EC市場は今後も成長すると予測されており、2026年には全体の4分の1近くをECが占めると見込まれている。一方、ロシアによるウクライナ侵攻はインフレーションやエネルギー価格の高騰を招いている他、数多くの制裁などによりサプライチェーンの分断も引き起こしており、物流が命のECにも多大なる影響を与えている。

1-2. 日本の物流業界の現状

 一方、日本の物流業界は、深刻な構造的社会問題を抱えている。「高齢化社会」に伴う労働力不足は深刻で、物流の要であるトラックドライバーの人手不足は年々増加している。加えて、「少子化」の問題が追い打ちをかけており、ベビーブームが再度到来しなければ人手不足の問題は、今後20年以上解消されないだろう。鉄道貨物協会(2018年調査)によれば、2025年度には20万8,436人不足し、2028年度には27万8,072人不足すると予測されている。さらに、2018年6月には働き方改革関連法案が可決され、2024年4月からは自動車運転業務に対する罰則付き時間外労働規制(上限960時間)が適用され、人手不足に拍車がかかる見込みだ。
 労働人口の減少は、特に物流セクターにおいて配送スタッフや倉庫作業員の不足を招いており、サービスの維持や品質向上が難しくなっている。これに対して、自動化や効率化を進めることが、持続可能な物流システムの構築に向けた重要な方策となっている。また、日本は島国という地理的特性から、国内物流の効率化と国際物流の連携が重要な課題であろう。

1-3. 世界に共通する課題

 さらに、環境への影響を考慮した持続可能な物流システムの構築も、世界的なトレンドとなっている。温室効果ガス排出削減に向けた規制は、物流業界にも新たなチャレンジを課しており、EVの使用やグリーン物流の導入が求められている。自動車産業の専門家によれば、「EV販売を加速してもサプライチェーン全体の温室効果ガス排出削減には寄与せず、むしろエネルギーコストが車両価格に跳ね返ってきてしまい、産業の競争力が落ちてしまう。対応すべきは、物流の効率化と車両のEV化である」との回答であった。企業は自社だけでなく、取引先を含めたサプライチェーン全体の排出量削減に取り組まなければならない。

1-4. 世界と日本の物流業界の比較

 世界の物流業界と日本の物流業界を比較すると、いくつかの類似点と相違点が見受けられる。共通しているのは、ECの成長による配送ニーズの複雑化と、それに対応するための物流インフラストラクチャの変革の必要性、加えて環境規制への対応だ。しかし、日本独自の課題として、労働力不足の深刻さと、国内・国際物流の効率化の必要性が挙げられる。

 このように消費者物流(宅配便など消費者を対象とした物流)の観点だけ見ても、世界各国はそれぞれ異なる環境と課題に直面しており、日本も例外ではない。また日本においては、「少子高齢化」の問題が追い打ちをかけており、そのペースも他国よりも早い。この影響は、調達物流(製造に必要となる部品や資材を調達先から向上へ搬入する物流)・生産物流(工場生産した製品を倉庫などへ搬入する社内物流)・販売物流(製品を物流センター卸や小売店などへ納品する物流)にまで及び、企業のサプライチェーンが麻痺する可能性が高まってきている。グローバル化の進展と技術の進化により、これらの課題に対応するための革新的なアプローチが求められている。


2. 物流業界の悩みの種:主要論点を整理する

2-1. グローバル化と市場の変化への対応遅れ

 物流業界は、急激なグローバル化と市場の変化に適応するのが遅れている。Eコマースの成長に伴い、小口で頻繁な配送の需要が急増しているものの、多くの物流企業は既存の物流インフラとプロセスに依存し続けており、これが効率とタイムリネスの点で課題となっている。

2-2. 技術革新への対応

 新たな技術の導入が遅れていることも、物流業界の課題の一因だ。特に、データ管理、自動化、AIの活用などの分野で、多くの企業が最新技術を取り入れるのに消極的であり、資源が不足している場合がある。これにより、効率化とコスト削減の機会が逸されているとの報告もある。

2-3. 労働力不足と人材育成

 日本をはじめとする多くの国々で、物流業界は労働力不足に直面している。特に、少子高齢化により労働人口が減少している日本では、この問題はより深刻だ。さらに、適切なスキルを持つ人材を育成し、業界に引き付けるための戦略が不足していることも、この課題を悪化させている。

2-4. 環境規制の変化と適応

 環境保護と持続可能な開発への国際的な関心の高まりは、物流業界にも新たな挑戦をもたらしている。炭素排出量の削減、モーダルシフト等のエコフレンドリーな輸送手段への移行、廃棄物の削減など、環境規制に適応するための措置が求められている。これに対する適切な対策が不足していると、業界全体の持続可能性に影響を及ぼすことになりかねない。


3. 「物流クライシス」の打開策:DX推進だけでは打開できない

 まずは一般論として挙がってくる打開策を並べてみよう。

3-1. デジタルトランスフォーメーションの推進

 物流業界はデジタルトランスフォーメーションを積極的に推進することで、多くの課題に対応できる。AIと機械学習を活用した需要予測、最適化された配送ルートの提案、自動化された倉庫管理システムは、効率を向上させると同時にコストを削減する。データ分析の強化は、サプライチェーンの可視化と効率化を実現し、より迅速で正確な意思決定を可能にする。

3-2. 物流プラットフォームの導入

 物流プラットフォームの構築は、サプライチェーンの各段階を統合し、シームレスなコミュニケーションとデータの流れを確保することで、効率性と透明性を高める。これにより、在庫管理、配送プロセス、顧客サービスが最適化され、全体的な運営効率が向上する。

3-3. グリーン物流の推進

 モーダルシフトや共同配送等の環境に優しい物流戦略を採用することで、業界は持続可能性の目標を達成し、規制への適応を図ることができる。エコフレンドリーな輸送方法、リサイクル可能な包材の使用、エネルギー効率の高い物流施設などが、炭素排出量を削減し、環境への影響を軽減する。

3-4. 人材育成と労働条件の改善

 労働力不足に対処するため、人材育成と労働条件の改善が重要である。トレーニングプログラムの提供、キャリアアップの機会、働きやすい職場環境の提供は、人材を引き付け、保持するために不可欠だ。また、テクノロジーを活用した効率的な業務プロセスは、従業員の負担を軽減し、仕事の魅力を高める。

 現場で物流業務に関わる方々からすると夢物語のように聞こえてくることばかりであろう。周りからは「経営者の覚悟が不足しているからだ」、「人材育成を怠っていたからだ」などの意見もあるだろう。しかし現場で働く方々からすれば、「時間外労働規制も適用された状況で人材育成などできるはずがない」、「グリーン物流の推進が図れるのは、大手物流企業だけだろう」、「何が物流DXだ!人材不足で頭を悩ませていると言ってるだろう」と、ここに挙げた打開策に憤慨している姿が思い浮かぶ。では、物流業界の抱える課題はどのように解決するのだろうか?そして物流業界の未来はどうなるのだろうか?


4. 物流業界の未来:シナリオプランニングで読み解いてみる

 詳細なシナリオプランニングはここでは割愛するが、考えうる未来シナリオは大きく2つ存在する。未来シナリオ①は既に他国で実現されている技術への取り組みであり、ある程度投資余力を持った中堅企業が取れる策である。しかしながら、ソフトウェアや先端技術に明るい企業が大半を占めるとは到底思えず、実現は程遠く感じてしまう。つまり、多くの企業が取り得る現実解は未来シナリオ②であろう。未来シナリオ②の実現には、大きな力を持った機関が支援する必要がある。

未来シナリオ①:サブシナリオ

 物流業界の未来は、技術革新と持続可能性の追求によって形作られる。以下は、これからの物流業界が目指すべき重要な方向性である。

テクノロジーによる変革

  1. 自動化とAIの進化:
     物流センターの自動化、AIによる需要予測の精度向上、そして自動運転車やドローンを用いた配送システムが実用化されることで、配送速度と効率が大幅に向上する。例えば、無人配送車両やドローンを使用した配送は、都市部や交通の不便な地域での配送効率を大きく改善する。Googleの姉妹会社Wingは、オーストラリアでドローン配送の商業運用を開始し、小型商品の即時配送を実現している。配送ルートの最適化は、燃料費用の削減と配送効率の向上に寄与する。UPSが開発したAIベースのルート最適化ツール「ORION」は、年間約1億ガロンの燃料を節約し、1日あたり100万マイルの走行距離を削減している。

  2. ブロックチェーンの利用:
     ブロックチェーン技術は、サプライチェーン全体の透明性を向上させ、安全で信頼性の高い取引を実現する。これにより、偽造品の流通防止や品質管理の向上が期待される。

環境への配慮

  1. グリーン物流の推進:
     炭素排出量を削減し、環境に優しい物流オペレーションを実現するために、電気自動車やハイブリッド車の利用が増加することが予想される。また、リサイクル可能な資材の使用や廃棄物の削減も、持続可能な物流の重要な要素である。

  2. エネルギー効率の最適化:
     太陽光エネルギーや風力エネルギーなどの再生可能エネルギーを活用した物流センターが普及し、物流業界全体のエネルギー効率が向上する。

カスタマイズされたサービス
 個別化された物流ソリューション: 消費者の複雑化したニーズに合わせて柔軟に対応できるカスタマイズされた物流ソリューションが重要視される。例えば、時間指定配送、リアルタイム配送追跡など、顧客の利便性を高めるサービスが増加するだろう。

グローバルな連携
 国際的な協力: 世界各国の物流企業間でのデータ共有や協力が強化され、国境を越えた効率的な物流ネットワークが構築される。これにより、グローバルなサプライチェーンの最適化が進み、国際物流の効率と信頼性が向上する。

未来シナリオ②:メインシナリオ

 未来の物流業界は、大手企業のイニシアチブ、政府の法整備、そして中小企業の積極的な参加によって形作られる(下図)。

図. 物流業界の役割と体制

政府による法整備

 政府は、物流業界の健全な発展と持続可能な運営をサポートするために、関連法規の整備を進めている。これには、データの共有とプライバシー保護、エコフレンドリーな物流活動へのインセンティブ、労働環境の改善などが含まれいる。米国や中国の大手プラットフォーマーとの対立構造を横目で見ていた日本政府は、ある程度自由度の高い法整備に留めようという姿勢が見える点は評価できる。これにより、物流プラットフォームの普及と業界全体の均等な成長が促進される。

大手物流企業と商社によるプラットフォーム構想

 大手物流企業や商社は物流プラットフォームの開発と導入をリードしている。2023年11月、伊藤忠商事株式会社は、中国に設立した子会社を通じて、日本の大手小売企業向けの新しいBtoB越境ECサービス「The CKB X」の提供を開始することを公表した。「The CKB X」は、2015年に展開され有料会員数がすでに4万社を超えるBtoB越境ECサービス「THE直行便」を、日本の企業向けにカスタマイズしたサービスとされる。これらのプラットフォームは、サプライチェーン全体を統合し、データ駆動型の意思決定、効率的な資源配分、そして透明性の高い業務運営を可能にする。AI、ビッグデータ、IoTなどの先進技術を駆使し、サプライチェーンの最適化とコスト削減を実現することが期待されている。また国内大手企業の利用も拡大しているアマゾンの「Fulfillment by Amazon(FBA)」は、サードパーティの売り手がAmazonの物流ネットワークを利用して製品を顧客に配送できるプラットフォームだ。これにより、効率的な在庫管理と迅速な配送が可能になり、顧客体験の向上に貢献している。

中小企業のプラットフォーム参加

 中小企業も物流プラットフォームに参加することで、大企業が持つリソースと知識を活用し、競争力を高める。例えば「The CKB X」を利用する企業は、自社の調達システムとの連携や、改良されたUI(ユーザーインターフェース)、専属サポートチームの設置などによって、商品調達をより円滑に行えるようになるとみられている。これにより、中小企業は効率的な配送オプション、広範なネットワークアクセス、そしてコスト削減の恩恵を受けることが可能になる。プラットフォームは、大規模企業だけでなく、小規模事業者にも均等な機会を提供することで、業界の健全な発展を促進する。

総合的なサービスの提供

 プラットフォームは、物流だけでなく、関連する財務管理、顧客サービス、そしてビジネスインテリジェンスなどの機能も統合する。これにより、企業は単一のインターフェースから複数の業務を管理でき、より効果的なビジネス運営が可能になる。


5. Next action:何から始めれば良いのか

 喫緊の課題である「物流クライシス」への対応。報道を通じて事業者の悲鳴は日に日に大きくなっている。BtoCの観点だけで語れば、数日モノが届くのが遅れるように感じるだけだが、物流全体で見れば残り75%を占めるBtoBの配送遅延はサプライチェーンに大きな影響を与える問題であり、日本経済の浮沈に関わる。
 何から手をつければ良いのか明確にするために、まずは既にお付き合いしている物流事業者へのヒアリングから始めてみてはどうだろうか。特に未来シナリオ①で挙げた”テクノロジーによる変革”と”カスタマイズされたサービス”に関して、大手物流企業がどのような取り組みを行っているのか確認してみる。未来シナリオ②のプラットフォーム構築が進んでいるかを見分ける術は、プラットフォームと自社の既存システムを連携するために必要となるAPIが提供されているか否かである。現状APIが開発されていない、APIを提供する予定がないということは考えにくいが、全く構想もないという状況であれば未来シナリオ②の実現性は極めて低いため、メインシナリオの見直し(未来シナリオ②⇨未来シナリオ①)が必要になろう。ここまで見えれば、自社が取れる最小単位の活動から取り組みを開始すればよい。まずはできるところから取り組みを始めてみましょう。