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吉田絵美 担当学芸員コメント

世田谷美術館は開館当初より、美術の分野に限らず、音楽やパフォーマンス公演などのイベントプログラムを実施してきました。しかし新型コロナウイルス感染症の流行により、美術館やアーティストを取り巻く状況も急速に変化し、この状況に対応しながらも、若手アーティストの支援や実験的な試みが継続できないか模索していました。そうしたなかでNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)にアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の提案をいただき実現した企画が、本プログラムです。

実施にあたり、「美術館に滞在すること」がアーティストにもたらす出合いや影響について思考を巡らせると、自ずと美術館の役割やあり方を考えることにも接続していきます。この点についてプログラムディレクターの米原晶子は、「世田谷美術館はひとつの街のようだ」と表現し、AIRプログラム実施への期待を寄せてくれました。学芸員としても改めて、世田谷美術館は展示室だけでなく、ライブラリー、カフェ、創作室など、来館する方々が思い思いに過ごすことができる空間で構成されていることや、当館に深くかかわるボランティアやインターンなどが存在していることに可能性を感じ、本プログラムによって新たな視点から美術館を捉えることができるのでは、と感じていました。
実際に額田大志による15日間の滞在がスタートし、美術館のボランティアである「鑑賞リーダー」とは、昨年12月に実施した勉強会を皮切りに交流が育まれていきました。額田は滞在中、鑑賞リーダーのメインの活動である「美術鑑賞教室」に参加。この体験をきっかけに、滞在最終日のパフォーマンスにも「大人の美術鑑賞教室」を組み込むことを決め、鑑賞リーダーへ出演協力を依頼しました。そのような大きな展開があったほか、鑑賞リーダーの中には「オープンデー」から最終日の「パフォーマンス+滞在報告会」まで、全ての公開イベントに参加してくださった方もおり、美術館に集う方々の興味関心の新たな一面を知る機会もありました。鑑賞リーダーをはじめとする、当館を利用する方々と滞在アーティストの出会いや交流には、まだまだ可能性があると見込んでいますが、いかにその接点を作ることができるかという部分を今後の課題にしたいと思います。

また、今回は、「人はなぜ音に感動するのか」という音への関心をベースに、作曲家・音楽家・劇作家として活動する額田が滞在したことで、美術館として新たな試みや発見がありました。額田は滞在序盤、世田谷美術館とシームレスにつながる砧公園に関心を持ち、公園各所の「音」を観察するリサーチを進めていましたが、次第に観察のエリアが美術館内へ拡張していきました。滞在後半にはサックス奏者の本藤美咲を迎え、最終日には美術館のエントランス・ホールや廊下、屋外庭園などでパフォーマンスを上演するに至ります。展示室での作品鑑賞の妨げにならないことが原則である美術館において、音を伴うパフォーマンスを館の随所で開館時間中に展開することは、開館から30年以上経つ当館にとってもチャレンジングなことであったため、様々な検討や確認を重ねた上で実現しました。しかし、「聴覚」で美術館を捉えるという行為は大変貴重で、観客の方々のみならず美術館の運営スタッフにとっても新鮮な体験になったといえるでしょう。パフォーマンス終盤には、滞在中に録音した美術館の様々な音――エントランスの自動扉が開く音、美術鑑賞教室で来館した子どもたちの他愛もない声など――がテープレコーダーから再生され、美術館の空間と共鳴するような瞬間が訪れました。長年勤める学芸員からも「この空間がこれまでとは全く異なる見え方をした」という感想があがるほど印象的なシーンでした。

世田谷美術館は都市の美術館でありながら、広大な公園内に位置していることにより、街の喧騒や生活圏から物理的な距離があります。本プログラムの実施によってその事実を再認識し、世田谷美術館でのAIRは「地域とつながる」というような開いていくタイプではなく、美術館をひとつの身体として掘り下げていくような特性があり、そこにある種の面白さがあるのではないかと感じています。滞在アーティストがこの美術館を様々な手法で深堀りしていくことで、実験的な活動を後押しし良い作用となることを目指していけたら、と思っています。

吉田絵美(主担当学芸員 / 世田谷美術館)

滞在アーティストの額田大志による、プログラムを振り返る記事
プログラムディレクターによる、プログラムを振り返る記事
も合わせてご覧ください。

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