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米原晶子 プログラムディレクターコメント

本プログラムは、身体表現やパフォーマンス表現を行う若手アーティストを対象としたアーティスト・イン・レジデンス(AIR)プログラムです。アーティストの創造環境・活動のフィールドを拡張し、幅広い視野で自身の作家性を追求し表現する、次代を担う若手アーティストの支援・育成を目的にしています。また美術分野以外を専門とするアーティストの視点によって、世田谷美術館の魅力が再発見されることも期待しています。

プログラムの開始年である2022年度は、音楽家・演出家の額田大志が〈ボーダレスな音〉をテーマに、2022年11月から2023年3月までの計15日間世田谷美術館に滞在しました。額田は音楽と演劇の2つのジャンルで精力的に活動を展開しているアーティストです。近年では劇場やライブハウス以外の場でも活動を始めていましたが、美術分野のアーティストや美術館とのコラボレーションはまだ経験がないこと、また「自分自身が活動を始めた頃に比べて、いま、若い世代が実験的な取り組みをしづらい状況になっているのではないか」という問題意識を持ちながら様々なアーティストとのコラボレーションも意欲的に行っていることから、滞在後に来年度以降のプログラムの在り方についてもアーティストの視点からフィードバックをもらいたいと考え、プログラムへの参加を打診しました。〈ボーダレスな音〉は、世田谷美術館が砧公園とシームレスにつながる存在であり、館内のあらゆる所で多様なジャンルの表現活動を行うことができる建築コンセプトにより建てられていること、また数百人のボランティアが美術館の運営を支えている等といった美術館の特徴に着目した額田が、掲げたテーマです。音楽家・演出家の視点で世田谷美術館の在り様を表現しようと、滞在前半には世田谷美術館と周辺環境の細やかなリサーチを、滞在後半にはサックス奏者の本藤美咲を出演者に迎え、1時間弱のパフォーマンスを上演しました。

滞在を終えた額田は、「年の離れた世代の方や美術を好きな方に、自分のコアな考えや表現は伝わらないのではないかと不安もあったが、そんなことはなかった。観客の許容範囲を決めつけることなく、丁寧に伝えれば伝わるのだと実感できた。」と話してくれました。その実感は、世田谷美術館の学芸員・ボランティア・監視員の方々が、突然やってきた若いアーティストを、面白がりつつ温かく見守ってくれたことも大きく関係しているでしょう。美術館に流れる温かな空気は、30年以上に渡り実験的なパフォーマンスが数多く発表され、また多様な人々により運営されてきた世田谷美術館の歴史の積み重ねによって醸成されているものに他なりません。一方で開館時間中にアーティストが様々な実験を行うことで、美術館の慣習がより顕在化した瞬間や、パフォーマンス分野と美術分野の創作プロセスの違いに、双方が驚きを感じる局面もありました。これらの出来事は、優れた作品の創作を目的とするのではなく、ゴールを決めずにアーティストが滞在を行うAIRだからこそ生まれるものです。

美術館に、パフォーマンス分野のアーティストが滞在する。そのことを通して、アーティストと事業を運営する者、プログラムに参加した方が互いに学び合い、今後の活動の糧となる経験をすること。その豊かさは、きっと5年後・10年後の何かを変え、何かを生み出す原動力になるのではないか。そう感じることのできた、プログラム1年目となりました。

米原晶子(プログラムディレクター / NPO法人アートネットワーク・ジャパン)

滞在アーティストの額田大志による、プログラムを振り返る記事
世田谷美術館主担当学芸員による、プログラムを振り返る記事
も合わせてご覧ください。

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