Reverb 5 「One to One」と「One to N」。
お客様は職人と「One to One(1対1)」の関係を求めています。そこにどう答えていくか、職人の腕の見せ所です。
「寿司屋のカウンター 」というのは本当に不思議なところです 。 なぜならお客様は職人を見つめて調理された料理を楽しみます。お客様からしたら「1対1」の関係がそこにあります。しかし、お客様はカウンターに複数いらっしゃいます。つまり職人からしたら「1対N」という関係になります。
「1対1」と「1対N」。この違いは大きいです。
この関係性の違いを職人が認識することはとても重要です。場のコントロールが難しいところでもあります。
お客様は寿司屋に来るときに「晴れの舞台」を求めてやってきてくださいます。つまり「目の前で自分だけのために演じてもらう舞台を見にいくような気持ち」だと考えます。
しかしカウンターには複数のお客様がいらっしゃいます。実際の演劇でもそうですが、見に来て下さる観客のお客様は数多くいらっしゃるわけです。そのお客様に「この晴れの舞台は自分だけのために演じてくれている」とどうやったら思わせることができるか。大事な点は、ここです。
演劇やコンサートと違うところは「寿司屋のカウンターはプライベートと公共性がさざなみのように満ち引きがある場所」だということです。
同じ空間にいるはずなのにそこではある時はコミュニケーション、またあるときは個人的な空間が臨機応変に発生していきます。
例を挙げてみましょう。あるお客様は初めてご来店いただいたお客様だとします。そしてその隣には毎週来ていただいているお客様がいらっしゃるとします。基本的に寿司屋のメニューと言うのはおまかせという形態をとります。前半は様々な和食を楽しんで頂き、後半から握りのお寿司です。握り以外は月ごとに大体メニューを決めています。そうなると、毎週いらっしゃってくださるお客様は「毎週同じものを食べる可能性」が出てきます。
「晴れの舞台」を楽しみにやってきて下さるお客様に同じものをお出しするわけにはいきません。その場合は、毎週来ていただいてるお客様には「今回は握りのみにしましょう」とか「先週出したものとはまた別のものを味わっていただきましょう」などこちらとしては工夫を凝らす必要があります。
しかし初めていらっしゃるお客様は別のお客様とのメニューの違いに戸惑う方がいらっしゃいます。
このような疑問から同じ空間にいる別のお客様の関係性を勝手に想像してしまう場合があります。そしてその想像が悪い方向に行くと、「自分達はこの場で大事に思われてないのではないか」と言うような誤解を生んでしまう場合があります。
この誤解を回避するために必要なのがコミュニケーションです。
私たちは常に晴れの舞台を意識するためにいろいろな形のお客様に対していろいろな形のサービスを提供したいと思っています。女性同士でいらっしゃるお客様はその場が楽しくなるように。カップルでいらっしゃるお客様にはその場でお二人の雰囲気を大事にするように。ご家族でいらっしゃるお客様にはその場の会話を邪魔しないように。
スマホで料理や自分達を撮影する際に最適な照明や明るさ、会話が弾むパーソナルスーペースの確保、飲み物や食事を出す、片付けるタイミング。料理だけでなく環境や所作の全てが「晴れの舞台」の演出に必須だと考えます。
そして1番私たちのコミュニケーションの挑戦を試されるのは「1人でいらっしゃったお客様」です。寿司屋には1人でいらっしゃるお客様が少なくないです。寿司はとても伝統的ですが量の調整が可能な食事スタイルなので「1人で食事をする」ことが可能です。1人でいらっしゃったお客様は「お寿司を食べたい」という明確な目的で訪れてくださっています。しかしカウンターというのは「生き物」です。他のお客様の配置によっては「1人いらっしゃるお客様が孤独感を感じてしまう場合」があります。
ひとりでいらっしゃったお客様が孤独感を感じていないか?常に職人はひとりのお客様の所作をチェックしていると言っても過言ではありません。ひとりでお店に来て下さったお客様には「ここに1対1の関係がありますよ」と言うのを職人自らそして「さりげなく」伝えなくてはいけません。これは職人として非常にチャレンジングな状況です。今日は何が食べたいのか、何が好きなのか、何が嫌いなのかを態度や短い会話の中から聞き出していきます。
寿司屋の場合は料理、食材の説明はもちろんですが「図鑑を用意しておいて魚の説明」をしたりします。他のお客様との会話に誘ってみてその食材に対しての新しい知識の共有を求めてみたりします。そこで盛り上がればそこに新しいコミュニケーションが生まれます。
しかしそのコミニケーションそれを断り1対1の関係のみを求めるお客様もいらっしゃいます。職人とのコミュニケーションも最低限でよしというお客様もいらっしゃいます。それも寿司屋の楽しみ方だと思います。お客様が求めるコミュニケーションを感じ取り、いかにして晴れの舞台とするか。我々の職人の腕の見せ所です。
限られた時間の中でお客様のパーソナルスーペスと公共性を調整ししながらお寿司を提供しながらその時間を楽しんで頂く。この様々なコミュニケーションの形を日々カウンターの中から楽しませて頂いています。
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