モンスターコールズ
先日、渋谷のPARCO劇場で「モンスターコールズ」を観劇した記録を書いてみようと思う。
数年前に映画に出会い、好きな作品の一つだった。
作中で描かれる主人公の心情や行動がモラトリアムの渦中であった私の心に重く刺さったのだと思う。
ただ、映画を先に見た者としては、舞台で表現するには少々複雑で、難しい物語なのではないか、そんなことを思っていた。
が、シンプルながらも凄まじく心を打つ作品が目の前で繰り広げられた。
今回の舞台は、イギリスの演出チームが日本に来て作った舞台だそうで、YouTubeに公開されているtrailerの世界観がそのまま繰り広げられていた。
太い縄を何本も使って「イチイの木」を表現するのがとても印象的だ。
13歳の主人公コナー・オマリー
今回、13歳の主人公を演じたのは、佐藤勝利。
実年齢は27歳。一回り以上差がある。
コナーは13歳らしい、それでありながら置かれている環境のせいで、ある意味では大人びてしまった内面を抱えた複雑な少年という印象だ。
この言葉の通り、コナーの危うさや不安を全身で演じていた。
彼は舞台の上に立つのがすごく好きだと、どこかの雑誌で読んだことがあるが、重苦しい中でもどこか活き活きと演じている印象であった。
間違いなく、13歳のコナーがそこに表現されていたし、生きていた。
ラストシーンに進むにつれて、明らかになっていくコナーの内面に抱えているものが、真っすぐに飛んでくるような、そんな感覚だったように思う。
舞台演出
この舞台を通じて印象的だったのは、主人公だけではなかった。
舞台の中心に立つコナーを、穴が開くほどに見つめる演者たちの独特な空気感が舞台を掌握している。
黒子のような存在はなく、演者が次の衣装をもたらしたり、「イチイの木」の一部になったり、1人何役やっているのかという数の人物が舞台上には存在していた。
そして、フライングを使った演出もところどころあり、印象的だ。
派手な背景セットや大がかりなものを使う演出とは異なり、「簡素」で「質素」「シンプル」で「素朴」な演出だからこそ、コナーの心模様や悪夢がストレートに観客の目に映る。
物語に没頭できる、余計な情報が究極まで排除されている、そんな感覚を覚えた。
また見たいと思った
異なる角度や座席でもう一度見たいと思った。
今回は、ちょうど真ん中くらいの列、中心寄りの座席から見たため、俯瞰しながら見たようなイメージだった。
もし、もう一度観れる機会があるのなら、主人公や怪物、母や祖母や父、周囲の人物の表情1つ1つが鮮明に見える座席で見たいと思った。
きっと回数を重ねてみても、その度に心打たれると思う。
映画を見て、原作小説を読んで、舞台を見た作品は、恐らく人生でモンスターコールズが唯一であると思う。
今度は英語版の原作も読んでみようかな。
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