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あいみょんが量産型アコギ女性ソロシンガーにならなかった理由

あいみょんの人気やばいよね。みんなカラオケでマリーゴールド歌うもん。もう争奪戦。男も女も争奪戦。それに敗れた僕はいつも死ねええええ~を歌う。そんなのどうでもいい。ちなみに、あいみょんの「みょん」とは「ちゃん」とか「君」とか「様」と同義らしい。だからあいみょんさん というと二重の意味になる。あいちゃん。あい君。クロみょん。サンプラザ中野みょん。すいませんふざけました。


あいみょんといえば、ストリートライブから芽を出した女性シンガーソングライター。大阪駅などで地道に活動しながら、15年にCDデビューした。その後の活躍は言わずもがな。

しかし、この時代、アコギ一本で弾き語りする系女性シンガーソングライターはごまんといる。そしてある程度、個性が固まってしまいがちだ。そういったアーティストには失礼かもしれないが、曲を聴いたとき「あれ?これ誰の曲だっけ?」となることがたまにある。
そんな激戦区において、今やあいみょんは一人勝ち状態だ。今年のロッキンのグラスステージにたったのはあいみょんのみ。しかもユニゾンとバンプの間。血界戦線に挟まれちゃってる。すごい。
横道に逸れたが、とにかく、他のアコギ系シンガーとあいみょんは、一体、どこが違うのか。そしてあいみょんの魅力とは。サクッと考察していきたい。


まずあいみょんの音楽的原点は、スピッツらしい。記事で「私の神様」と呼ぶほど影響を受けている。
確かにあいみょんの曲はスピッツテイストがある。「マリーゴールド」しかり、「君はロックを聴かない」、無名どころだと「ら、のはなし」なんかもそんな気がする。特にマリーゴールド以降の曲はかなりスピッツっぽい。個人的には、彼女の新曲でもどこか聴いたことあるような感じがして、耳馴染みがすごくいい。となることが多々ある。
約20年前に邦楽界を席巻したスピッツが醸し出す淡く優しい、どこかトゲもあるというあの独特な雰囲気に、現代を生きるあいみょんが造り出す時代に合った歌詞と歌い方が、ガッチリ混ざり合って相乗効果を生んでいる。
どこまでスピッツの影響を受けたかとかは分からないが、少なくとも、あいみょんは草野マサムネ的美的センスを持っているのかもしれない。


そしてもうひとつ、あいみょんを語る上で欠かせないアーティストがいる。

あいみょんが世に認知されはじめるキッカケとなった曲「愛を伝えたいんだとか」を、初めて聴いたとき僕はとある有名曲を思い浮かべた。
椎名林檎の「丸の内サディスティック」だ。
そう。何となく似ている気がした。日本人はああいうテンポが好きなのかもしれない。King Gnuの「白日」なんかも似ている。

というわけで、あいみょんには、スピッツ的要素とともに、椎名林檎的要素もあるのだ。
基本的に、先程から挙げている「アコギ系女性シンガーソングライター」の人たちは、基本的に清楚で純粋な歌をつくるイメージがある。
もちろん中には尖りに尖りまくった曲もあるが(阿部真央の「ストーカーの唄~3丁目、貴方の家~」はすごい。)、世間受けする曲となると真っ直ぐなメッセージソングやラブソングが多くなる。そしてそれを歌う歌手も、なかなか個性を出しづらい。

対してあいみょんには、どこか上品で無防備なエロさがある。歌詞や曲調がそれっぽいというのもあるが、何より声がエロい。突き抜けるような高音を披露すれば、喘ぐように歌い上げる時もあり、歌い方だけ取ってもかなり幅が広い。
もちろん、邦ロックを20年近く引っ張っている椎名林檎とあいみょんは活躍する土俵が違うのだが、あいみょんからはどこからか、椎名林檎のようなエロティックな魅力を感じる。


このように、スピッツ的センス、椎名林檎的エロさ、そしてあいみょん自身の「女性シンガーソングライター」としての個性と努力。この3要素が生み出した数々の名曲は現代の若者の心を完全に撃ち抜いた。
これからのあいみょんに、ますます注目していこうと思う。


出典:https://coconutsjapan.com/entertainment/aimyon-spitz-kanjam/13529/

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