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猫をあらう。

惨劇はとつぜん起きた。

悪いのは私だ。猫を洗ったから。

7カ月の猫生ではじめて水に脚をつける及び水浸しになるという、すさまじく恐ろしい体験を、本人、いや本猫の許可も得ずかなり強行に行なってしまったのは私だ。なぜなら猫の足の裏が汚かったから。

いや、もっと本音をいうと、そのとき私は同居人とのささいな口論でムシャクシャしていて、普段からちょっと気になっていた猫の足の裏を見て急にやけっぱちに洗ってしまいたい衝動にかられたのだ。

以前からシャワー室に興味を示していた猫を誘い込み、ドアを閉じても、彼女は無邪気にたらいの水をくんくん嗅いだりしていた。まさかここで、敏感な四肢にぬるま湯をかけられるとは思っていなかっただろう。じたばたしてニャアアアと抵抗するのを、抱え込んで「よーしわかったわかった」と、猫からすれば「ちっともわかっちゃいねえ!」な言葉でなだめながら、何とか足の裏は洗えた。

ちょっとシュンとおとなしくなったので、勢いづいて背中も洗ってしまった。しばしの抵抗も思ったほど激しくなく、濡れそぼってみじめにほっそりした猫は恨めしそうに黙っていた。
それで油断した。

タオルを取ろうとちょっとシャワー室のドアを開けたのは、私がよくやりがちな間抜けで致命的な失敗だった。

当然猫は弾丸のように飛び出して、部屋中をびしょびしょのまま駆け巡った。

私たち二人がタオルを持って捕まえようとするので、ますます興奮した猫は、最悪の抵抗をやってのけた。

びしょびしょのまま猫トイレにダイブしたのだ。
われわれの完敗だった。

その砂つきの足ですでに往復されたベッドまで開放し、さあもう好きにしろと放置すると、猫はようやく静まってすみっこで体を舐めはじめた。
しぼれるくらい水分を含んだ身体を延々と。

同居人はそれを見守りながら「お前、それ舐めきるまでどれくらい時間がかかると思う」と言った。

私は床のあちこちにもっちりと飛び散った凝固性のトイレ砂と水しぶきを黙々と拭いた(トイレの糞尿を取り除いてきれいにしたばかりだったのが不幸中の多大なる幸いだった)。

猫に対して申し訳ない気持ちでいっぱいで(そして同居人に対しては申し訳なさ20%、感謝5%、ムカつきと苛立ち75%と、いつもよりかなり優しくなれない気分)、気持ちが沈んだ。

猫は、体が渇くころには機嫌がだいぶ直っていた。
なんていい奴だろう。
それに比べて私ってやつは…。なかなかとれない凝固砂をくっつけた左後ろ足の裏としっぽを見ながら、しょんぼり反省した夜である。

追記:機嫌が直ったと思いきや、猫はやはりまだ気が立っていて、ちょっと気に入らないとガン飛ばしたりパンチをかましてくる。なんていい奴、と思ったところだけ撤回する。でも本当にごめんな、猫。