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桜舞う、4月。

風が吹く。小さな竜巻が、道路の花びらをくるくると巻き上げる。

もう少し大きな風が吹く。下から上へ、両手でさあっと持ち上げるように。道の端に力なく重なり合っていた花びらたちが、ふあっと一気に雲のない空へ舞い上がる。

つるりと青い空に、こどもの爪の色をした花びらたちが、りるりる、りるりる、と光って踊る。

息をのんで立ち止まる。右側の道路を行き交うバスや車、左側の歩道を行き交う住民たちの動きが、一瞬スローモーションになり、目の前に広がった輝く風景だけが一定のテンポで息づいていた。

慌ててスマホを取り出した。運よくすぐにボタンを押せたとしても、そこにはただの桜の木と団地の屋根がうつるだけだ。このような一瞬を、私は写真に残す技術をもっていない。

奇跡のような瞬間を、必死でスケッチして心に留めおいた。だけどあっというまにそれは残像のようなものになってばらばらとほぐれていく。搔き集めて、ことばをフックにして掛けておく。

ああ、きれいだ。といえばそれで充分だった風景。

[2020. 4. 10]