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こども食堂の在り方

給食以外の食べ物をバナナ1本で過ごす子どもがいる。この言葉に、衝撃と無力感を覚えた。ここから、こども食堂の生みの親である近藤博子によって「気まぐれ八百屋だんだん」は始まった。

そんな背景に反して、近年の急激な普及と共に
こども食堂のイメージは”貧困” ”片親” ”低所得” ”飯を食わせればいい”等々
本来のこども食堂の在り方とかけ離れてきているように感じる。

本当にそうなのだろうか。こども食堂とは何なのか、どうあるべきか。
子ども食堂の在り方について考えていきたい。

こども食堂は大まかに4類型に分類することができる。
縦軸は目的、横軸は対象者を表している。
そして、主に運営している典型例は「共生食堂」と「ケア食堂」と呼ばれるものである。

こども食堂の4類型

「共生食堂」・・・
対象者を定めず、人と人の交流を目的としているため、
貧困家庭、裕福家庭、さらに老若男女関係なく多くの人達がごちゃごちゃに交わる交流拠点となっている。

例としては、港区にある「みなと子ども食堂」がある。
港区と言えばセレブの街。煌びやかな街並みの中にそれはある。
そしてこども食堂にくる大半の方は困窮者以外である。
そのため、『孤食防止とコミュニケーション』に力を入れてるという。

私立進学率の高い地域のため、ママ友も地域性のつながりも希薄。
親の帰りも遅い。話し相手がいない。母子・父子家庭なんて尚更だ。
コンビニに行き、1人で食事する子どももいる。

月に数回でもいい。子ども食堂を利用することで日々の悩みを分かち合ったり、
誰かと一緒に食事をする楽しさを感じたりして欲しい。そういう時間を過ごせるのがこども食堂の意義である。

次に、もう一つの在り方もある。

「ケア食堂」・・・
貧困家庭を対象にしており、一緒に食卓を囲みながら信頼関係を築き、生活課題を発見し対応を目指す。

これは、無料学習塾の運営に近い。無料学習塾は学力格差の挽回するために行うように、ケア食堂は食事・栄養面の相対的な落ち込みを挽回するために開かれる。


どちらが正解ではなく、
その地域にどちらの運営が適しているか、どんな機能が足りないかによって
運営方針を決めるべきである。

最後に、近藤さんの言葉で印象に残った部分を引用する。

孤食をわびしく感じるのは子どもだけではない。若者のお年寄りも、母親も父親も「今日はちょっと食べに行こうかな」と寄ればいい。そして食事後に遊んでもらったり、勉強を見てもらったり。親は人生の先輩達からアドバイスをもらったり、地域の子育て情報を交換したり。そしてそこに障害のある子どもや大人がいてもいいし、外国籍の子ども、大人がいてもいい。より多くの子ども達が自分の『居場所』と感じられるようになることが理想だ。

子ども食堂がそういう場になること、そして私を含め子ども食堂に足を運ぶ事が重要なのではないかと考えた。


参考文献
湯浅 誠「なんとかする」子どもの貧困


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