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KANJO - 殺さなくていい -

「あたしね。子供の頃から外壁にツタのあるお家に憧れてたの。
白い壁に緑のツタが這ってぐんぐんと青い空に伸びてくの。ね? いいでしょ?」

彼女は付き合い始めた頃から喜怒哀楽が激しくていつも子供みたいにわがままを言う。
僕はそんな彼女がとっても好きで、彼女のわがままをくるくると包み込みたいといつも思っている。

リモートワークが進んだお陰で二人とも場所を選ばずに仕事ができるようになって僕たちは少し無理をして郊外に家を買った。

「あたし。フユヅタがいいな。夏蔦は冬に枯れて葉っぱが落ちちゃうんだけど冬蔦は冬でも緑の葉っぱが見られるんだって。ねぇ。今から買いに行こ!」

彼女は思い立ったらすぐ行動しないと気が済まない。
僕は彼女の誘いに抵抗することなくMacを閉じて車へと向かった。

引っ越す前から気になっていたその花屋は建物のほとんどがツタで覆われていて、どこからがお店でどこからが商品なのかわからないくらいだった。

「フユヅタありますか?」彼女がお店にいた男性にそう聞くと
「はい。普通のフユヅタと" 感情を肥料にするフユヅタ " がありますがどちらになさいますか?」彼はそう言った。

" 感情を肥料にするフユヅタ " ・・・・???

「あのぉ。僕の聞き間違いかもしれないのですが、今、" 感情を肥料にする "とおっしゃいました?」気がつくと彼女より先に僕は疑問を口にしていた。
彼女はこういうありえない状況も雰囲気で理解してしまうけれど、僕はわからないことがあると前に進めないタイプだ。
案の定、彼女は質問する僕を見てニコニコ笑っている。

「はい。このフユヅタは感情を肥料にします。」彼はそう言って話し始めた。

「あなたは今まで声を荒げて怒鳴ったことがありますか?
例えば会社で理不尽なことがあったとき。部下がとんでもない失敗をした時。
あ。答えなくて大丈夫です。きっとあなたはNOでしょう。
怒鳴ってもいいことなんてないし、問題があるなら改善点を指摘して円滑に解決すればいい。
そう思ってますよね。
ほとんどの人がそうです。今ではアンガーマネージメントという言葉もあるくらいです。
自分の感情をコントロールして負の感情を表に出さない。
頭に来たら言葉を飲み込んで深呼吸をして心を落ち着ける。
まるで怒りを覚えた自分が悪いかのようです。

えぇ。もちろん。人は一人では生きていけません。
多かれ少なかれ人は集団に属していて、調和を大切にしながら生き延びた歴史が遺伝子に組み込まれていると言われています。
だから子供の頃はむき出しだった感情が大人になると押さえ込まれるのです。

でも、考えてみてください。
その押さえ込まれた感情はあなたの中にどんどん溜まっていってしまいます。
枯れたツタが排水溝に溜まって水が流れなくなり溢れ出してしまうように、あなたのその押さえ込んだ感情はいつかあなたを壊してしまうでしょう。

私はね。植物には人を癒す力があることを知っています。
水をあげる時に植物に話しかけると元気に育つって話くらいは信じられるでしょう?
" 感情を肥料にするフユヅタ "はその延長だと思っていただいて大丈夫です。
植物には人の感情を察知する力があります。
実際に枝を切った時ではなく、人が「あの枝を切ろう」と思った時に枯れ始めるという研究結果もあるくらい植物は人の感情に敏感なんです。

「負の感情をぶつけたら枯れちゃうんじゃないの?」って今そう思いましたね?
実は夏蔦はそうです。夏蔦に負の感情をぶつけると枯れてしまいます。
でも冬蔦はその逆なんです。負の感情をパワーに変える力を持っています。


「素敵なお話ですね。」

そう言って彼女は "感情を肥料にするフユヅタ" の苗を手に取った。

いつだって彼女は何かを決める時に僕の意見を聞かない。
そして僕は彼女が嬉しそうに決断する姿を見るのがとても好きだ。

そうして僕たちは ” 感情を肥料にするフユヅタ” を早速庭に植えた。

僕は今まで感情を抑えていたという自覚はなかったけれど、小さな負の感情を少しづつツタに聞かせることでなんだか心が軽くなっていく気がしていた。
彼女はいつだって感情的で感情を抑えることなんてないと思っていたけれど時々ツタに向かって何かブツブツ言っている時がある。

そんな風にして僕たちはあれからずっと笑顔で一緒に過ごしている。


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