KAZOKU - やっとなれたね -
「会わせたい人がいるの」
土曜の朝、起きたてでダイニングに行くと唐突に娘から切り出された。
慌てて振り返ると娘の後ろで妻がニヤニヤと笑っている。
"知らなかったのは俺だけか・・・"
娘も今年で26歳。俺と結婚した時の妻の年齢と一緒だ。決して早くはない。
「どんなヤツなんだ?」
できるだけ冷静に威厳を含んだトーンで聞いてみた。
そんな俺の気持ちなど意に介さず、娘がキラキラした目で彼のことを話し始める。
彼は娘と同じ会社の後輩で1歳年下だがとても頼り甲斐があるらしい。
母子家庭でずっとお母さんの手伝いをしていたから家事が得意で「料理なんて私より上手でやんなっちゃう」そういって娘はコロコロと笑った。
妻はキッチンで朝ごはんの支度を始めると娘が俺の隣に座って小声で話し始めた。
" 彼のお母さんもすっごく優しくていい人で、仕事もバリバリできて家も一人で守って。でも必死って感じじゃなくてどこか優雅で余裕があって、実はね。私。彼のお母さんに憧れてるんだ。
ママも優しくて大好きだけど、ずっと家のことしかやってないからどこか世間ずれしてるっていうか、ぼーっとしてるっていうか。ほら、ちょっと会社で働いたけどすぐパパと結婚したじゃん?そのまま家庭に入って私が生まれて弟が生まれて、なんかママの世界ってこの小さい家の中だけかなー。って。
だからね、私は彼のお母さんみたいに子供が生まれても仕事続けたいんだ。家の中だけなんて息がつまっちゃう。彼も支えてくれるって言うし。私はそうやって生きて行こうと思うの。あ。まだ子供はできてないよ。やだなーパパったら。"
なにがそんなに楽しいのか娘は一人で喋って一人で笑っている。
きっと彼も彼のお母さんも素敵な人なんだろう。
これなら安心して娘を嫁にやれるかな。ちゃんとご挨拶しなきゃな。
「それでいつ会わせてくれるんだ?彼とその素敵なお母さんに」
" うん。そのことなんだけどね。彼のお母さんの提案なんだけど、レストランとかで堅苦しい雰囲気よりも外を散歩しながらはどうかなって。ほら。ちょうど桜の季節だから横浜の大岡川の桜並木なんてどう?「桜を見ながら新しい家族の門出を祝いたいわ」ってそうお母さんが言ってくれたの "
桜並木を散歩しながらご両家のご挨拶なんて聞いたことがないけど面白い人だな。うちの妻にはない発想だ。大岡川の桜並木か。昔よく行ったなぁ。その時付き合ってた彼女と別れて今の妻と出会って娘が生まれて弟も生まれて。俺も仕事が忙しくなって。そういえば桜をゆっくり見るなんてこと25年前のあの時から50を過ぎる今の年になるまでなかったな。毎年桜は咲いてたのに。
京急線の日ノ出町駅で降りて少し歩くと大岡川沿の桜並木が見えてくる。
妻は"ご両家の顔合わせが外なんて非常識だわ"と言いながらこの日のために買った高級ブランドのスニーカーの履き心地に満足している様子だ。
すると娘が手を振って桜並木の入り口にいる青年に駆け寄っていった。
軽く会釈をしながら彼のお母さんに近づくと真っ赤なハイヒールが目に止まった。
「初めまして」
聞き覚えのあるその声にハッとする。
- ここで25年前あなたと別れた後、あなたに女の子が生まれたと聞いて、私慌てて子供を生んだの。
- 相手は誰でもよかった。ただ男の子が生まれますようにって強く願ったわ。
- やっと家族になれたのね。あなた。
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