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さっきの手紙のご用事なぁに

上司に確認せねばならないメールが数件あったため
朝一番で確認して、4件ほどメールを返信して安心したところからの1日が始まりました。

返信する相手がいるというのは、個人的にはちょっとソワソワしてしまって落ち着かないのです。
そこには「○○でよろしいでしょうか?」という関係の連絡が多いために
イイですよ、とかそれはちょっと難しいですね
つい反応したくなっちゃう質だからかなぁ。

まぁすぐに返事しなかったから「早く返事よこせ!」と相手が言うわけではないのですけどね。ついつい。

私としては「これはできるよな」とか「いやこれは範疇外だからだめね」と判断は何となくつけられているのですが、自己判断はよろしくないので一旦上司に意見を仰ぐ。ええい、私が責任取りますんで言っちゃいますぜ!
と豪気にふるまうところではない。

結局「返事する」というところは変わりはない。
いくらでも待たせてもいいというわけではないのですが
少し時間をかけて正確な事を伝えるという事が、メールを返信するということの根本。

根本をすっ飛ばすほどの「反応してしまう私」ってなんでなのかなぁ
しばし考えてしまいます。
メールの文面から「何か相手の意図」を受け取って反応してしまうのか…

ただそれは勝手に「相手の意図」を想像しているに過ぎないので
意図が正しいかもわかりませんし、確認のしようがありません。

このようにおっしゃっていますことから、焦ってます?すぐにお返事したほうがいいですか?ってメールで確認してもいいのですが
「そんなことより、そもそもこっちが聞いたことはどうなんだ」って感じになりそう。

文面から相手の意図をくもうなんざ、ほぼ不可能。
そんなわけで自分ができることとできないことを切り分ける。
無為に焦ることが意味があるのか
本質はなんだ。
こんな呪文を唱えながら反応することがどんなことにつながるのかをやっぱり立ち返ることが大事なんだなーとか思った次第です。

ソワソワしなくてもいいもんもあるってことを理解したところです。
なーんていいながら新たなメールにそわそわしちゃいそうな予感もあります。ええ、そんな奴ですわたしってやつぁ。

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