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『ハムレット』第三幕第四場~第四幕第一場

王妃ガートルードはハムレットを自室に呼び、不愉快な劇を上演させたことをたしなめようとします。ハムレットはハムレットで、父上を殺したのはあなたの今の夫で、いっしょにいると母上も地獄へ落とされてしまいますよということを告げたいのですが、どうしてもはっきりと口に出せません。(3回言いかけますが、母上には通じてませんね。)
そのやりとりを、またもや盗み聞きしようとするポローニアス。おせっかいが彼の命取りとなります。

途中にある「間」は、原文の韻律から、間と思える部分を拡大して示しました。シェイクスピアには本来そういうト書きはありません。

それにしても、母と息子で、セ○クスの話をするなんて残酷すぎる。もう、世界一いやなシチュエーションというか、他人には死んでも聞かれたくない会話だと思うんだけど、このシーン人気あるんですよね。お母さまの天然が、ほとんどブラックユーモア。
そして(続けて四幕一場の)叔父さまが、できる男を演じつつ、内心超びびってるところも必見ポイントです。

文中の[…]は原文を省略した箇所です。
太字はとくに有名または/そしてサラのおすすめ台詞です。

ポローニアス 殿下がこちらへ。はっきりとお話しなさい、
 おふざけもいいかげんになさいと、
 国王陛下もたいそうなお腹立ちです、がまんにも
 限度がありますよと。わたくしはここで静かにしております。
 ちゃんとお叱りになるのですよ。
王妃             そうします、かならず。
 隠れて。あの子が来るわ。
 (ポローニアスは壁掛けの後ろに隠れる。ハムレット登場。)
ハムレット 何でしょう、母上?
王妃 ハムレット、いけませんよ、お父さまにあんなことをして。
ハムレット 母上こそいけませんね、父上にこんなことをして。
王妃 そんな口の利き方がありますか。
ハムレット そんなものの訊き方がありますか。
王妃 何なの?
ハムレット 何でしょうか?
王妃 わたしを誰だと――
ハムレット     ええ、よく存じておりますとも。
 あなたは王妃さま、夫の弟の奥方さま、
 そして、残念なことに、わが母上。
王妃 もういいわ、話のできる者を呼びます。
ハムレット いや、お座りなさい。動かないで。
 鏡を見せてさしあげますから、
 ご自分の心から目をそらさないで。
王妃 何をするの? まさか、殺さないでしょ?
 ああ、助けて!
ポローニアス (壁掛けの陰で)おお、誰かおらぬか!
ハムレット は? ねずみか? 死ね、どうだ!(壁掛けを剣で貫く)
ポローニアス (壁掛けの陰で)ああ、やられた。
王妃                    なんてことを!
ハムレット 誰だった、国王か?
王妃 なんという早まった、むごいことを。
ハムレット むごい? たしかにね、いい勝負だ、
 王を殺してその弟に嫁ぐのと。
王妃 王を、殺す?
ハムレット   ええ、そう言いました。
 (壁掛けをめくるとポローニアスの遺体があらわれる。)
 こいつか! ばかめ、どこへでも首を突っこむからだ。
 きさまの主人あるじかと思った。自業自得だ、
 おせっかいが命取りだったとあきらめるんだな。
 (王妃に)手をもみしぼるのをやめなさい。さあ、座って。
 いまから心をしぼってさしあげるから。[…]
王妃 そんなふうに大きな声で親をののしるなんて、
 わたしが何をしたの?
ハムレット     しましたね、
 清らかなつつしみに泥を塗り、
 美徳を偽善に、[…]結婚の誓いを
 ばくち打ちの空手形からてがたにしてしまった――[…]
王妃                      どうして、
 そんなふうに頭ごなしにどなりつけるなんて。
ハムレット ごらんなさい、この絵を、それからこの絵を。
 (二つの肖像画を見せる)
 ふたりの兄弟を見比べるといい。
 こちらの顔には気品というものがあるでしょう、[…]
 ジュピターさながらの額、軍神マーズのまなざし、[…]
 人間にもこのようなすぐれた者があるのだと
 世界に知らしめるために、神々がひとりずつ
 みずからのしるしを与えて創られた姿だ。
 これがもとの夫です。それがこちらはどうですか、
 いまの夫、かびた麦の穂、すこやかなきょうだいまで
 枯らしてしまった。母上の目はどこについているのです、
 どうしてこの清らかな峰を下り、こちらの沼地で
 草をはむ気になれるのです? は! どこに目が?
 色恋とは言わせません、母上のお歳なら
 熱き血潮とやらもおさまって、まともな判断が
 できそうなもの。その判断で、どうしてまた、
 これからこれへ乗り換えるなど?[…]
王妃 ああハムレット、もう言わないで。
 おまえはわたしの目を心の奥に向けさせる、
 そこに見えるのはどす黒くざらつく染み、
 消えることのない。
ハムレット    消えませんね、
 あぶらぎったベッドで汗のにおいにまみれ、
 堕落にとろけ、愛し愛される相手は
 豚でしょう
――
王妃    もう言わないで![…]
 お願い、ハムレット、やめて。
ハムレット         人殺しでしょう、
 この王国をかすめとった掏摸すり野郎、
 貴い王冠を棚からぬすみだして
 ポケットに入れたやつ――
王妃 やめて![…]
 (先王の亡霊登場。)
ハムレット 天の御使みつかいらよ、その翼もて
 われを守らせたまえ!(亡霊に)何をお望みです?
王妃 ああ、狂っている。[…]
亡霊 忘れるでないぞ。おまえのなまった決意を
 とぎすまさんがため、こうして訪れはした。
 だが見よ、あの母のおびえようを。
 おののく魂をなだめてやるがよい。
 弱い者ほど激しく動揺するものだ。
 声をかけてやれ、ハムレット。
ハムレット 母上、大丈夫ですか?
王妃             おまえこそ大丈夫なの、
 何もない所を見つめて、
 空気に話しかけたりして?
 […]ああ、ハムレット、
 どうか荒れ狂う心を静めてちょうだい、
 炎に水をふりかけて。何を見ているの?
ハムレット あれです、あれです! なんと哀しいまなざし。
 あのお姿とあのご無念を知れば、
 石でも泣きましょう。(亡霊に)見ないでください、
 そのようなお目で見られては、せっかく血も涙もない男に
 なろうとしていたのに、敵の血を流すどころか、
 涙にくれてしまいそうです。

王妃 誰と話しているの?
ハムレット 見えないのですか?
王妃 何も。見えるものしか。
ハムレット 聞こえなかったのですか?
王妃 何も。おまえとわたしの声しか。
ハムレット そこに、そこに、もう帰って行かれる、
 父上が、生前のあのお姿で。
 いま出て行かれる、あの戸口から。(亡霊退場。)
王妃 おまえの頭の妄想よ。
 気がふれると、ありもしない形を
 見るものなの。
ハムレット  気がふれる?
 わたしの脈は、母上の脈と同じく、
 正しく打っていますよ。狂気などではないんだ、
 いま言ったことは。[…]母上、お願いだから、
 わたしが狂っているせいにすることで、
 ご自分のあやまちから目をそらさないでください。
 できものに軟膏を塗っておおうようなものだ、
 見えずとも、薄皮の下でうみはひろがり、
 全身をむしばむ。天に許しを乞うのです、
 過去の罪を悔い、未来の天罰を避けるのです、
 これ以上雑草にこえをやってはびこらせるのは
 やめてください。[…]
王妃 ああ、ハムレット、おまえはわたしの心を二つに裂いてしまった。
ハムレット それなら悪いほうを捨てて、残った心で
 清らかに生きていってください。
 おやすみなさい、だが叔父上のベッドには行かぬよう。
 つつしみはなくとも、せめてあるふりをしてください。
 […]今夜ひかえれば、明日の夜ひかえるのは
 もう少し楽になるはずです。
 […](ポローニアスを見て)この者には気の毒なことをしました、
 だがこれも天の配剤、わたしには彼が、
 彼にはわたしが、罰を下した形になりました、
 仕置人というのがわたしに与えられた使命なのでしょう。
 […]では今度こそ、おやすみなさい。
王妃 わたしはどうすればいいの?

   間。

ハムレット 何もしなくていいのですよ、さっきわたしが言ったことなど。
 あのふくれあがった男のベッドに誘われ、
 頬をつねられ、小ねずみちゃんと呼ばれ、
 べたべた口づけをされ、きたない指で
 うなじでもくすぐられていればいい。
 何もかもぶちまけてしまえばいい、
 ハムレットは狂ってなどいないのだと、
 ふりをしているだけだと。[…]
王妃 安心して。ことばが息から、息がいのちから
 生まれるものなら、おまえの秘密をもらすいのちなど
 わたしにはありません。
[…]
ハムレット わたしのイングランド行き、ご存知ですよね?
王妃 ああ、忘れていた。そう決まったのでしたね。
ハムレット 国王の密書をたずさえて、例の二人の友人が、
 そう、信頼に足ること蛇のごとしというあの二人が、
 わたしのお目付け役でね、案内してくれるわけですよ、
 わたしを罠へと。まあ見ているがいい、
 大砲係に自分の爆薬で吹き飛んでもらうのも
 一興というもの。のるかそるかだが、
 やつらより一ヤード下の土を掘ってやれば
 月まで飛んでいくさ。はは、楽しみだ、
 二つの悪知恵が正面衝突だ。
 (ポローニアスを見て)この男のせいで忙しくなってしまった。
 こいつは隣の部屋に引いていっておきます。
 おやすみなさい、母上。この顧問官、
 ずいぶん静かに、りっぱになったものだ、
 生きているときはぺらぺらと小賢しいやつだったが。
 行くぞ、きさまも年貢のおさめどきだ。
 おやすみなさい、母上。(ポローニアスの遺体を引きずって退場。)

 (国王、ローゼンクランツ、ギルデンスターン登場。)
国王 どうしたのだ、そのような深いため息、
 訳を聞かせてくれ、知っておかねばならぬ。
 息子はどこに?
王妃 (ローゼンクランツとギルデンスターンに)しばらくはずしてちょうだい。(二人退場。)
 ああ、あなた、今夜は本当に大変でした。
国王 どうした、ガートルード? ハムレットはどうしている?
王妃 嵐の海のようにたけり狂って、
 波と風があい争って、手のつけられない発作で、
 壁掛けの後ろで何か動いたと聞いて、
 剣を抜いて「ねずみ、ねずみ!」と叫んで、
 見さかいもなく殺してしまったの、
 隠れていたお年寄りを。
国王         なんということだ!
 わたしがいたら、わたしが刺されるところだった。
 あれを好きにさせておくのは危ないな、
 おまえにも、わたしにも、みなにとって危険だ。
 ああ、この流血をみなにどう説明しよう?
 […]ハムレットはどこへ行った?
王妃 自分があやめた亡きがらを引いていきました、
 土くれの中に混じった金のように、
 あの子の狂気の中にも、純な心があるのでしょう、

 自分のしたことに、涙を流しておりました。
国王 ガートルード、行こう。
 夜が明けたらすぐに、イングランドへ向けて
 彼を送り出そう。この不始末、
 一国の王としての威信にかけて
 申し開きをせねばならぬ。ギルデンスターン!
 (ローゼンクランツとギルデンスターン登場。)
 両名とも、供の者を集めよ。
 ハムレットが錯乱してポローニアスをあやめ、
 母の寝室から死体を引いていった。
 探して言い聞かせ、むくろをとりもどして、
 礼拝堂に安置せよ。いそぎ頼むぞ。(二人退場。)
 行こう、ガートルード、参謀らを召集し、
 このたびの不慮の事故、また今後の方針を
 伝えねば。さ、行こう。
 (傍白)わが心は乱れ、おののくばかりだ。

(訳:実村文)




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