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「英文和訳」と「翻訳」の違い、さらには「生きた台詞」との違い(透明なシェイクスピア(2))

突然ですが、ここで問題です。
英語に自信のある方は、ぜひ挑戦してみてください。
英語がぜんぜん苦手な方も、日本語の部分だけ読めば大丈夫。どんでん返しがあるから(たぶん(笑))、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

問 次の英文を訳せ。

Never believe it.
I am more an antique Roman than a Dane.

いかがですか? 文法としては超初級です。
ふつうに「英文和訳」するとこんな感じですよね。

それを決して信じるな。
私はデンマーク人よりむしろ古代ローマ人である。

文法的にはこれで完璧。
でも、……さっぱり意味がわかりませんよね?(笑)

勘のいい方なら、「この記事がこのマガジンに入っているっていうことは、シェイクスピアからの引用だろうな」とお察しでしょう。そのとおり。
「たぶん『ハムレット』からじゃないかな」と。ええ、そのとおり。
「あーあの場面だ」とわかっちゃった方、まだ黙っててね!(笑)

かりにシェイクスピアの知識ゼロでも、現代英語の言い回しを知っていて、かつ勘のいい方なら(この「勘」ってほんと大事)、
「"Never believe it"ってもしかしたら"Don't you believe it"と同じかな? 」
と。そのとおり!
相手の発言を否定したいとき、ツッコミたいときの言い方ですね。
「なに言うてんねん、そなアホな!」という。
(すみません関西弁のほうがまちがってるかもしれません(笑))

じゃあ「デンマーク人よりむしろ古代ローマ人」って何でしょうか?

先にヒントを言っちゃいましょう。発言の主はデンマーク人だから、デンマーク人と言っているのですが、この文脈ではほぼほぼ「キリスト教徒」という意味。
キリスト教徒と、古代ローマ人=非キリスト教徒の違いは?
いろいろありますけど、ここで話題になっているのは「自殺はOKか」、いえ、ずばり「殉死はOKか」ということ。

キリスト教では、自殺(殉死ふくむ)は罪なんです。
いっぽう、古代ローマではそういう宗教的禁止はなくて、主君が死ぬと臣下がばんばん殉死しちゃう。
日本もわりとそうだから、こっちのほうがわかりやすいですよね。殉死は宗教的に罪だという感覚のほうがちょっと想像しにくい。

つまり、この台詞は、そういう世界観の中で、あえて
何言ってるんですか。殉死もありでしょう
という思いきった発言なのですね。

そろそろ種明かしをしましょうか。
『ハムレット』五幕二場、大詰めです。瀕死のハムレットが倒れていて、臣下で親友のホレーシオが抱きかかえています。
「ホレーシオ、おれは死ぬ。きみは生き残って、おれの物語を伝えてくれ」
とハムレット様に言われたホレーシオ君の台詞が、この部分。

Never believe it.
I am more an antique Roman than a Dane.

これを叫んだ直後、ホレーシオ君はそばにあった杯から酒を飲もうとし、ハムレット様に叩き落とされます。ああ、美しい友情……。
なぜって、そのお酒には、毒が。

ね、英語の文法とか、口語の成句とか、文化的な予備知識とか、
じつはなくてもわかるのです。ホレーシオ君の叫び。

いやです。
私にもお供させてください。

シェイクスピアを訳すって、こういう仕事なのです。「それを決して信じるな。私はデンマーク人よりむしろ古代ローマ人である」じゃだめなのです(さすがにこの箇所に関してはそんなトンチキな訳は出てませんが)。
いちばん大事なのは、文脈です。
それと、「らしさ」。その台詞を、誰が、誰に、どんな状況で言っているのかということ。

それから、私は、できるだけ原文の「テンポ感」を大切にしたいと思ってます。
「何をおっしゃいます。私はいまのデンマーク人のように堕落した精神ではなく、古代ローマ人のごとく主君に忠実でありたい」うんたらかんたら、というふうに、意味をみんな台詞に盛りこんでしまうと、"Never believe it!" っていう切れのよさがなくなってしまうんですよね。
舞台で観たとき、聴いたとき、決まる台詞のほうが、よくないですか?

いかがでしたでしょうか?
今回はちょっと小ネタでしたが、これからもこういう翻訳ノートを連載していきますので、よかったらまた読みに来てくださいね。ではまた次回!


こちらにもう少し多めに載せてあります


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