見出し画像

いつわりのデビュー1


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

あらすじ

芸能事務所でスカウト担当していた広瀬は、美少年の玲を見出す。
が、実は女のコだった。
事務所の社長は、広瀬の反対を押し切って、男として売り出すことを決定。
人気キャスト5人の恋模様を描くドラマで、玲ことREIは、男性キャストとして配役される。撮影を重ねる中、公私ともに仲良くなっていく5人。
REIは碧海に惹かれ始めるが、性を偽ったがゆえに複雑な5角関係に発展していく。
そんなさなか、REIは撮影中に倒れる。原因は社長に強要されていた男性ホルモン剤だと知り、性転換を逃れるために広瀬はREIを連れ事務所を飛び出す。
なんと広瀬にREIの誘拐容疑がかかり、通報を逃れ山中に逃げ込むが…。
REIの正体を知った大物脚本家に、窮地を救われ…。



「ちょ、ちょっと待ってください。玲は、正真正銘の女の子なんですよ。男として売り出すなんて無茶です」
 広瀬勇は、ダンとテーブルに手をついて立ち上がった。
「考え直してください。社長っ!」

いつわりのデビュー

 全くの無名の少年が出ているコンポオーディオのCMが、今、ちょっとした話題になっていた。 

 ハドソン川越しにマンハッタンの夕景を臨む、だだっ広い部屋。
 淡いラベンダートーンにライティングされた室内。
 全面のガラス窓。
 年期の入ったフローリングの床。
 アンティークのチェア。
 床置きされたレトロデザインのスピーカー。
 ただ、それだけの画面。
 スローバラードがアカペラで流れている。 
 透明感のある不思議な声。
 そして、彼が歌いながらフレームインする。 
 さりげない、後ろ姿。
 窓に映る、移りゆく空の色を追うように、部屋を横切る。
 真っすぐに伸びた足に、ひざの抜けたジーンズ。
 スキニーなトップに、ラフな白いシャツを着崩している。
 スピーカーから聞こえて来る彼の声と、生に歌っている声が絶妙にハモる。
 そこで彼はほんの一瞬だけ振り向く。
 何の感情も映さない美しすぎる横顔。
 澄んだ切れ長の大きい瞳が、強い印象を残す。
 キャッチと商品ロゴがインサートされる。  
 一瞬しか捕えることのできないその表情は、もっと見ていたいと思う新鮮さも、美しさも、持ち合わせていた。

『あのキレイな男の子は誰ですか?』
 クライアント先のメーカーに、女の子からの問い合わせが殺到していた。 

 WEBメディアに彼の横顔をメインにした広告が一斉に掲載される。
 街頭に彼のポスターがあふれる。
 CMのイメージを連動させた、ラベンダートーンのソフトフォーカス。ベールを一枚通した感じで、彼の素顔は依然ミステリィなままのビジュアル。
 店頭や、駅でポスターが頻繁に盗まれ、ますます話題が大きくなっていた。
 
 そのころ、このCMを企画した神谷は、頭を抱えていた。
 彼は大手広告代理店の制作局にいる、CMプランナーだ。
 あの少年を起用した張本人で、彼の素性を知る限られた人物なのだ。
 この所、ずっと各所からの電話攻撃を受け、さすがに音をあげていた。
『あのキレイな男の子は誰ですか?』
 という、例の問い合わせのせいだ。
 ここまで話題になるとは、さすがに神谷も読めなかったわけで。

 ぶち切れた神谷は、少年の所属するプロダクションに抗議の電話を入れる。

「おいっ、広瀬!!早くヤツの売り方を決めてくれ。
 フクメンにするにも、これだけ騒ぎになると限界だぞ。
 正体を隠しているもんだから、全部オレのとこに来るんだからな!
 芸能事務所から、テレビ局から、レコード会社まで、そりゃーもー大騒ぎ だよ。
 オレは、マネージャーじゃないんだぞ。しっかりしろい」

 神谷の電話の相手は、例の少年をスカウトした担当マネージャーの広瀬勇だった。
広瀬は、神谷の学生時代からの友人でもある。

「そう一気に捲し立てるなよ。それどころじゃないんだ。今、こっちは」
「それどころじゃないのはこっちもなんだぞ。せっかくお前の秘蔵っ子が日の目を見るって時に。お前の初仕事だから、オレはなぁー」
「感謝してるよ。だから今は、ちょっと‥」
広瀬はかなり取り込んでる様子で、電話の向こうでかなりオロオロしている。
「おい、いいかげんにしろよ。その今が大切なんだぞ」
 煮え切らない広瀬の態度に、神谷は怒鳴る。
「だから! 社長が彼女を男として売るって言い出して大変なんだよ」
「なんだってぇー!それを早く言え!」

 話題の少年とは、実は彼女で、つまり限りなく男の子に見える女の子だった。 
 本名は 桜樹 玲。17才の高校生。 関係者は、ずっと男の子だと思っていた。スカウトした広瀬勇もそう信じて声をかけた。
 広瀬は芸能プロダクションにマネージャーとして就職したばかり。初仕事は新人発掘だった。
 日がな原宿をほっつき歩いて、アイドルになりそうな美少年を探していた。
 そしてやっとみつけたのが、玲だった。
 友人とも取り巻きとも思える女子高生に囲まれ、その中で明らかに違う光を持っている少年、いや、少女だった。
 広瀬は今もそのときの印象が鮮やかに蘇る。 
まわりの雑踏がスローモーションのように映り、その中で玲だけがくっきりと浮かび上がって見える。そして無表情なまなざしで、広瀬をみつめ返していた。
 感動に近いものが、広瀬の胸にこみ上げてくる。
 こんなコがまだいたんだと。
 スレンダーな体つき。
 身長は173~5cm。
 ストレートジーンズにダブダフの古着のシャツをいい感じに着こなしている。
 それがまた、女の子にしては広めの肩や、平らな胸、細いヒップを少年らしくみせていた。
 冴えた切れ長の大きな瞳。
 凛とした眉。
 紅みを感じさせない形のいい唇。
 無国籍ふう、オリエンタル40%の顔立ち。 
 少し長いストレートショート。
 前髪をパラパラと落とし、きつくなりがちな眼差しを和らげていた。

 広瀬は恐る恐るそのコに近付く。
 彼女を取り巻く女の子たちが一斉に彼を睨んだ。
 気合を入れて声をかける。
 どっちらかと言うとこの手の仕事は不器用なたちの広瀬だ。
「あのさぁ‥ちょっといい?…」
 ダメモトでごく簡単に説明してみる。
 なんと、二つ返事で彼女はOKした。
「別にいいよ」
 玲はまるで他人事のように、冷めた表情でそう言った。

「オレはどっちだってかまわないよ」
 まるで、あのスカウトをOKした時と同じ口調で、玲は言う。
「自分の事なんだぞ。なんでもっと大切に考えてやらないんだ」
 広瀬は玲を目の前にして、真剣に訴える。 

 二人は事務所の応接室に取り残されていた。 
 さっき社長が「男として売る」と最終GOをだし、部屋を出て行ったところだ。

「今までの自分を捨てられるんなら、何でもいいんだ。それに、誰もオレのこと女だなんて思ってなかったじゃん」
 広瀬は一瞬言葉につまる。
「…、間違えたことは誤る。だけど、それとこれとは話しがちがうぞ。お前が考えているほど、コトは甘くないんだ」
 広瀬は彼女の人生を左右することだけに、かなり焦っていた。ここで本人の気持ちが固まらないと話しにならない。

 バタン 神谷が息急き切って入って来る。
「オィ、マジかよ。その話し!」
「神谷、お前からも、玲に言ってくれよ」
 広瀬は、この芸能界で性を偽り通す大変さを想像していた。
 衣装合わせ、着替え、トイレ、その他もろもろ、隠し通せるわけがない。
 いっそのこと、性別非公式の方がまだなんとかなる。

「分かってるんだ。オレは男としてでなきゃ、売れない。男でなきゃ価値がないんだ。たぶん生まれた時からそうだったんだよ」 
 玲はきつい眼差しで、二人をみつめて言い切った。
 それは玲が初めて人に見せる怒りに近い感情だった。
「!」
 神谷は絶句していた。
 確かにその通りもしれないと、神谷は思った。

 この美しさ、この気性、これを少年として備えていれば、これほど魅惑的な存在はない。玲の魅力は性を感じさせないところだ。
 性が分化する一歩手前の透明感にある。
 これを女として売れば、宝塚もどきになって新鮮さがなくなるだろう。
 まだその時ではない。今は神秘性が売りのコンセプトなのだから。
「確かに。それは言えてるかもな」
 クリエイターとしての直観が、神谷にそういわせていた。

「神谷。お前まで何を言い出すんだ」
 広瀬は神谷の顔を見る。
決して冗談を言っている顔ではない。
「どうしたっていうんだ、みんな。こんな大切なことを‥。何で真実を歪めてしまう!」

 広瀬の危惧をよそに、コトはどんどん進行して行った。売り出しのプロジェクトチームが組まれる。
 なんとスタッフ一同、玲が女であることを知らされていない。
社長、広瀬、神谷以外、まさにトップシークレット。

 芸名 REI
 本名『玲』を、無国籍で謎めいたイメージを出すため、英文字を使うことになった。
 まずは、デジタル配信デビューする。
 例のCMソングを歌うロングバージョン。あれだけ話題になったので、クライアントの強い意向があった。
 YouTubeのMVで、REIは初めて正面を向いた顔を公開した。
 CMをイメージさせる、あのラベンダートーンに全体が仕上がっている。
 
 REIは市ケ谷にあるレコーディングスタジオにいた。ヘッドフォンをかけ、マイクの前に立つ。そしてテイクを重ねていた。
 REIの声域は、地声より高い方がキレイだが、女性的な声になる。
 そうすると、彼の持つキャラクターイメージから離れてしまう。 
 前回のCMもそうだが、音源を加工して、透明感を生かすが音域を下げた不思議な声にアレンジしていたのだ。

 REIがルームから出ると、TRUTHのボーカル、碧海(アオイ)が立っていた。
 TRUTHはインディーズ出身で、敏腕音楽プロデューサーが見いだされてから、ドラマの主題歌やCMソングに起用され、たいへんな人気となっている。
「こんばんは」
 REIは何げなく挨拶をした。
 返事がない。
 フッ、碧海と目が合う。
 REIはその眼差しにギクッとした。 
 野性的な、そう狼みたいな瞳で見下ろしている。
「お前、地声の方がずっといいぜ。CMのアカペラよりもな」
 ! 何かがREIの心に響いた。
 素の自分を褒められたことなど、今までなかったからだ。
 しかも、プロのボーカリストに地声を評価された。

 そこへプロデューサーの大西が顔を出す。
「やあ、碧海。どうだい、うちの新人は?REIって言うんだ、よろしく頼む」
「あんた、ヘタなアレンジをしない方がいいんじゃねぇの」
 碧海は、なじみのプロデューサーに対して、ストレートなものいいをする。
「こりゃ、手厳しいな。碧海は知っているだろう」
大西は、REIの方を向いて話しかける。
「うん、よく聞く」
「そいつはどーも」
碧海は、REIをマジマジと見下ろすと
「お前って、ワリとチビだったんだな」
「えっ」
 REIはリアクションに困った。その態度にカチンともしたが、男をやるまで言われたことのないセリフだった。
 REIの心に、碧海の存在が刻まれた。

それからしばらくして、REIの楽曲がデジタル配信される。
いきなりヒットチャートを急上昇。
 だが、声のアレンジの問題もあって歌番組などのテレビ出演は一切しなかった。
 そうしてファンのREIを見たい欲求を極限まで煽る。
これもプロジェクトチームの作戦だった。

 REIを売り方として、ミュージシャンとしてより、まずはドラマを中心とした役者として露出を高め、認知度をあげる方針に決まった。
彼の初演作をめぐって、いろんな企画が持ち込まれていた。


ドラマの迷宮

  
「納得がいかない。どうしてもオレには…」 
広瀬はそう言って、三杯目のロックを一気にあおった。

 さっきの関係者会議でREIの初演作が決定したのだ。
 もちろん、男性キャストとしての配役だ。
「確かに無理はある。事実をぶちまけない限り反対は通せないし」
 神谷もあの社長の巧妙なやり口に疑問を感じていた。
「お前があんなCMの企画を出すから…」 
 広瀬はそう言いかけて、慌てて口ごもった。せっかくチャンスをくれた彼に対する逆恨みもいいとこだ。

 CMのキャラクター探しに頭を痛めていた神谷は、玲のポートレートを見て、あの企画を立てた。
 広瀬の事もあるし、玲をバックアップして来てきたのだ。
 通常は大手企業のイメージキャラクターなど、そう簡単に射止められるものではない。
「すまん」
「いや、オレが彼女の運命を変えたのかもな。このペリエみたいな透明感を生かすことしか、考えてなかった」
 神谷はテーブルに置かれた、ペリエのビリジャンのビンを指で弾いた。いっせいに炭酸がはじけ飛ぶ。
「神谷…。そんなこと言わないでくれ。全てはうちの社長が元凶さ。あの人はいつだって阿南香織なんだ。彼女を守るためには他の女優は必要ないだ。だから…」 
 広瀬は、事務所の看板女優「阿南香織」の顔を思い浮かべていた。
「お前のとこは彼女の個人事務所みたいなもんだからな。仕方ないさ。REIなら、2~3年で彼女の地位を追い落とすだろうぜ」
「おれは玲を守り通せるかな…」
 広瀬は拳を握り締めた。
「それをできるのはお前しかいない」
 神谷はそう言って彼の背中をたたいた。

 REIのドラマ初出演が決定した。準主役級のポジションだ。
 木曜日夜9時、ゴールテンの一時間ワク。 
 1クール、10回完結の高校生学園ラブコメディだ。
 キャスティングはALLドラマ初出演で異色のメンバーぞろい。
 その局の秋の改編、超目玉になっていた。

 和久井凛 美少女コンテスト優勝者。
 宮下結菜 二世タレント。
 今井悠真 話題のおバカキャラ芸人。
 桐生碧海 人気ミュージシャン。
 そして、REI。

 この5人が織り成す、恋と友情と兄弟の絆といったストーリー。
 碧海とREIが腹違いの兄弟で、凛を巡り三角関係になってしまうというのが大筋。
 凛はREIの同級生。
 ところが、凛の親友の結菜もREIに熱を上げ、友情の板挟みに。
 凛はREIと正反対の性格の碧海に魅かれ始め、碧海の友人、悠真も凛を好きになり…、というお決まりのストーリーだった。
 一方、REIは水、碧海は火と、全く対照的な兄弟の心のゆらぎを描いている。
 このドラマのもう一つの特色は、芸名をそのまま役名にしてしまうところ。
 細かい演出でもできるだけ彼らの持つキャラクターや実像の部分と近付けている。
 例えば、碧海がバンドをやっている設定になっていたり、現実とドラマとがより近付き、ストーリー以外の部分でも、楽しめる意図になっていた。
 
 横浜で、オープニングのタイトルバックの撮影が行われた。
 ベイブリッジ、みなとみらい、観覧車、赤レンガ倉庫街あたりでロケをする。
 最後に、ベイサイドにあるクラブでラストカット。
 クリスマスイブが最終回のこのドラマにちなみ、パーティ設定で撮影が続く。

 5人とも、バリバリのフルドレスアップをし、収録の後、そのままそこでパーティになった。 
 まるでイブのようにノンアルコールシャンパンでカンパイし、クラッカーを鳴らす。スタッフ、キャスト入り交じって盛り上がっていた。
 REIはその楽しげな様子をボーと眺めていた。

「よお、また会うことになったな」
 碧海がグラス片手にそばに来た。
「あー、どーも」
 REIは、彼の初対面のおっかない印象が抜けないでいた。無意識に距離をおいて体をそらしてしまう。
「んな、さけんなよ、兄弟」
 苦笑する碧海の表情は、子供っぽく人懐っこい。
「別にそういうつもりはないよ」
「この間は悪かったな。ちょっとトラぶって、イライラしてたんだ」
 碧海はフッとまわりを見渡し、
「お前、苦手そうな。こういうの」
「…まあな。どうしたらいいか、わかんねぇんだよ」
「ハハッ、意外とカワイイとこあんなぁー」 
 碧海は顔をくしゃくしゃにして笑う。
「あのなー」
 さすがにREIもムカッときた。
 そこへツカツカと凛もやって来る。
 スカーレッドのドレスを揺らしながら、なんとも艶やかに。
「ちょっと、イケメンのお二人さん。こんなとこでつるんでちゃ、だめでしょ」 
 そう言って、REIの手を取る。
「踊って」
 凛の誘いに、REIは碧海の顔をチラッと伺う。また何を突っ込まれるか分かったもんじゃない。
「今回は、弟に譲るよ」
 残念そうに肩を竦めてみせる。
 スローバラードが流れ始めた。
 凛はREIにピッタリくっついて踊る。フロアのみんなは、そのベストカップルにそっと場所を譲る。
「REIって思ったより、優しいのね」
「そんな冷たいヤツだと思っていた?」
「ん、もっとクールで、危険な香りがするかと思った」
「危険?!」
 REIは思わず目が点になる。
(女の子に危険を感じさせて、どーすんだ)
「そっ。でも違った。こうやってると、妙に安心しちゃうんだ」
 よりべったりともたれ掛かる。
「本当にそう思う?」
 REIはわざと凛に顔を近付けた。
「うふっ、REIってキレイね。私もかなわないわ」
 逆に切り返して、じっと顔をみつめている。
「凛には負けた」
REIは、こんな凛の大胆な態度が嫌いではなかった。
いつも自分に正直に生きている感じがして、羨ましくもある。
「ふふ、だからREIって好きよ。ずっと狙ってたんだ」
 と言って、ぎゅっとしがみつく。
「みんなが見てるよ」
 さすがにREIの方が戸惑ってしまう。
(どうしたもんか、このコにも。本当のことは言えないし。)
「いいの。ねぇ……。」
 凛はそっとREIの耳元で、何やらつぶやいた。

 そしてパーティが終わるころ、凛とREIは、二人っきりで姿を消してしまった。
 この早い展開に、残されたメンバーは唖然としていた。

「REIって意外にやるんだな」
 と、悠真。
「不器用そうなくせして、隅におけねぇぜ」 
 碧海はちょっと、むくれていた。この仲間うちでは、自分が一番先にREIと知り合っていたのに、みごと先を越された。

 結菜も、ショックを受けていた。
 実はREIにずっと憧れていたのだ。それでこのドラマでデビューを決めたほどで。
 
 三人の思いをよそに、その頃、凛たちはマブダチのノリで意気投合していた。
 渋谷周辺のカラオケボックスで、歌いまくる。
「私、歌うの大好きなんだ。でも下手っぴだから、人前で歌うなって言われてて」
 凛はちょっと恥じらいながら、どんどん選曲していく。
「そんなこと気にすんなよ。歌なんて自分が気持ちよきゃいいのさ」
 REIもTRUTHを入れる。碧海の歌マネをして見せた。
「キャー 似てる!REIって上手ぅ。実は私、碧海のファンなんだ。よろしくね」
 REIはそれを聞いて、内心ホッとする。妙な関係になったらどうしようかと思っていたのだ。
「OK、お安いご用さ」
 REIにとって、この気の合う女友達の出現はありがたかった。なんの屈託もなく、こっちの気持ちに溶け込んで来てくれるコだ。
 
 みんなを出し抜いた二人だったが、収録を重ねるごとに、五人とも、ずいぶんと意気投合して来た。
 年齢が近いせいもあるが、なんといってもみんなノリが良かった。
 気の合う同士で、和気あいあいとやっているから、本番でもアドリブの連発だ。
 悠真がバラエティ乗りで盛り上げる。
 そんな中で結菜だけはREIに対して、どうしても態度がぎくしゃくしていた。他のメンツとは打ち解けているのに。
 REIは困ってしまった。声をかけるたびにカチンコチンになっちゃう。
 そのくせ、遠巻きにREIをいじらしくみつめているのだ。
 女子高時代、何度か経験したパターンだが、どう対処していいか分からない。

 待ち時間、REIはセットの脇に座っていた凛のそばへ行った。
「よう、ちょっと相談に乗ってくんない?」
「なによ。あらたまっちゃって」
 凛の隣に腰掛けて、その話をした。
「結菜には、どうもさけられちゃって、まいったよ」
「あら、そんなこと言わないの。愛の裏返しなんだから、かわいそうでしょ」
 凛はケロリとしながら、話を続ける。
「いい、あのお嬢様は、REIに恋い焦がれて美化しまくってんのよ。
男子トイレに立つなんて想像つかないんじゃない。ちょっと時代錯誤っぽいとこがあるから、宝塚の男役みたいなノリで見てるんじゃないかしら?」
 REIは内心ドッキリした。
 宝塚の男役、まさに自分の立場を言い当てている。
 凜は勘がいいので気をつけねばと、REIは思った。
「生身の男のコって感覚がないんじゃない。もっとも私も感じないけど」
「そっ、そうかぁー」
 REIは頭が痛くなった。
(うー、どうしたもんか、この状況)
 悩んだところで、どうしようもない。
 
「REI、狡いぞ。また、抜けがけかぁ」 
 悠真がすかさず、チェックしに来る。彼も凛に気があるのだ。
「バカッ、そんなんじゃねーよ。ちょっと、相談ごとさ」
「ちっちっちっ、怪しいヤツめ」
 そこへ碧海も覗きに来る。
「おいっ、さっき結菜が泣きべそかいて、走ってったぞ。何かあったのか」
「あちゃー、誤解しちゃったかな」
 凛が慌てて、後を追いかけて行った。
「お前ら、どうなってんだぁ?」
「そうだよ。REI、凛の独り占めは許さん」
 悠真はREIの首を絞める。
 REIは、ドラマのストーリー以上に、ややこしいことになっていることに頭を痛めていた。性を偽っているだけで、仲のいいメンバーが揉めてしまう。

   
 その夜、広瀬に送られてREIがマンションの部屋に入ると、スマホがなった。 
「もしもしっ」
『……』
 応答無し。でも、スマホの向こうでグスグス泣いているのがわかる。
「結菜か?」
『……REI……私…私ね…』
 長い沈黙の後、
『……好きなの』
 とだけ言った。
今度はREIが絶句。
『……あのCM見たときから、ずっと…ずっと、憧れていたの』
 広瀬は電話のただならぬ様子に、そのままREIを見守っていた。
「……ありがとう。気持ち嬉しいよ」
 やっとそれだけを言った。女の子から告白さるパターンも何度かあった。が、これだって、なかなか慣れるもんじゃない。
『……REI』
「ごめん。結菜の気持ちに答えてやれない」
『……凛?』
「違う。オレ、仕事に必死で、今は余裕ないから。……でも、友達として気軽く電話してこいよ。いつだって話相手になるから」
『……嬉しい』
 結菜はそのまま声をつまらせている。
「じゃぁね、おやすみ」
 スマホを切って、テーブルに置いた。
 ふぅ、REIは溜息をついてその場にへたりんだ。
「よぅ、モテる男はつらいな」
 広瀬は事情を察して、REIをからかう。
「この!こっちは大変なんだぞ」
 REIは殴るリアクション。
「いや、たいしたもんだよ。プライベートでも、あれだけ演じられれば」
 今度はまじめな顔で言った。
「ふっ、オスカーもんだろ」
 REIは苦笑して見せる。
「……」
 広瀬は何か言おうとして思い止どまった。
 言ったところで、どうにもならないことはわかっている。
「じゃ、明日9時入りだから、8時には迎えに来るよ。おやすみ」
 そう言って出て行った。

忍び寄る影


 REIを乗せた車が、撮影スタジオのゲートをくぐる。
 通りすがりの女子中高生たちは、一斉にその後を追う。だが、その門の中に入れない。 まるで見えないバリアでも張ってあるように、その一線で世界が分けられてしまう。
 そんな中に、一人だけREIの名を呼ばない少女がいた。
「先輩!!」
 必死な表情でその車を追う。
 その時、別件の取材でそこにいたフリーライターの秋元は、少女に目を止めた。
 秋元は芸能関係に強い。スキャンダル、スクープ専門に各誌にネタを持ち込んでいる男だ。その長年のカンに何かが引っ掛かったのだ。

「君、REIのファンかい?」
 その幼いばかりの女子高生は、コクンとうなずいた。
「今、先輩って呼ばなかった?」
「…だって、先輩は…私だけの憧れの先輩だったのに。学校でその姿を見れるだけで幸せだったのに。今は見ることもできない!」 
 そう叫ぶと、走り去って行った。
 REIは出身校はおろか、本名すら公開していない。いろいろ調べられたら厄介だからだ。
「先輩か…」
 秋元は不適にほくそ笑んだ。


 第5話の収録日。ワンクールの折り返し点だ。今日はREIと碧海の派手な兄弟ゲンカのシーンがある。
 もちろんREIは取っ組み合いのケンカなんか、やったことがない。
碧海はミュージシャンに似合わず体育会系の体格をしてる。敵は男だし、マジでやり合ったら大変なことになる。
 カメリハで簡単な殺陣を決める。でも、本番はかなり荒れるだろう。
 REIの部屋のセットの中に、二人はスタンバイする。

「シーン35、スタート」
 カメラが回る。
「お前はいつだってそうだ。冷めたツラして、自分だけイイコぶりやがって」
 碧海のセリフ。REIの胸元をぐいっとつかむ。
「……」
 REIは無抵抗のまま。きっと碧海を睨みつける。
「何が、凛をオレに譲るだっ!ざけたこと、ぬかすんじゃねー」
 そこでバキッ。殴るポーズ。
REIも腕の動きに合わせて顔を背ける。
「母さんに対してもだ、実の親だろ。優しくしてやれ。オレに変な気を回すんじゃねー」
 今度はREIが食ってかかるセリフ。
「どうしようとオレの勝手だろっ。そっちこそ、変に気を回してんじゃねーよ」
 もつれ合っての大乱闘になる。
碧海はREIを床に押し付けての馬乗り状態。
 そこへ悠真が飛び込んで来て、碧海を止める。
「やめろよ!」
「離せっ、こいつの性根をたたき直してやるんだ」
「構うな! 手出ししたら、ただじゃおかねぇぞ」
 REIも負けずに血糊を吐き捨てて言う。
 碧海はその言葉に戦意を喪失させ立ち上がる。悠真は慌ててREIを抱き起こす。 

カット。

 VTRチェック。OKが出た。
「大丈夫か!」
 碧海も慌ててREIを覗き込む。
「一、二発マジで当たっただろ。口ん中、切らなかったか?お前、見た目より華奢だから内心冷々したぜ。」
「少し切った。あー、生臭せー。」
 REIは強がって見せたが、結構堪えていた。悠真に支えられて起きる。
「あぶないっ」
 足元がふらついて悠真にもたれ掛かった。 
 その拍子に、悠真は何かプニュッとした感触を腕に感じた。
 調度、REIの胸あたり。
(??? 今のは何だったんだう??)
 悠真は、腕に感じた胸の感触に混乱していた。
 REIと、顔と顔が大接近して目が合う。
 REIも焦ってボッと赤くなる。
 悠真はもっと赤くなって大パニック。
 REIがただキレイなだけでなく、妙になまめかしく見える。
 血のりの後といい、やつれ具合といい。
 体は華奢だし、それに腕に残るプニュの感触。
 思わず、ゾクッとときめいてしまった。
(な、何なんだこの感覚?)
 フリーズしている悠真に
「わりぃ、わりぃ。もう平気」
 REIはさりげなく手を放し、控室に戻った。

 控室には広瀬も付き添う。
「本当に大丈夫か?痛かったろう」
 そう言って、保冷剤を頬に当てる。
「男って大変だね」
「まっ、そうだな。青タン作らないようにしないと。薬もらって来る」
 広瀬が出て行くと、REIは大きく溜息をついて、畳に寝そべった。
(碧海って、あんなに胸が広いんだ。……男だもんな)
 彼ともつれ込んだ様子を思い起こす。

 コンコン、ノックの音。
「はいっ」
 REIが半分体を起こすと、碧海が顔を覗かせた。
「平気かよ」
 本人が行きなり現れて、REIは思わずドッキリする。
「あー、と答えたいとこだけど、さすがに堪えたよ。あのパンチ」
「悪かったな。加減きかなくて」
 碧海はREIの隣に座った。
「そのまま寝てな」
 優しくREIの額に触れる。
「オレさー、一人っ子なんだよ。だから、こういう兄弟ゲンカってしたことないんだ。兄弟の感覚ってどうもよくわかんねぇ。お前は?」 
 碧海はタオルで顔を覆っているREIを見下ろす。
「姉貴と、10才離れた弟がいる」
「ヘー、三人の真ん中か。姉貴って、さぞかし美人だろうな」
 碧海は、美形であるだろうREIの姉を妄想して、ニヤついた。
「いわゆる出来過ぎた姉ってヤツさ。年も近いし、その分こっちは何でも比較されて。なんせ、オレは出来が悪いから」
「男と女じゃ、比較の対象になんねーだろ」
「まぁ、いろいろあんだよ」
 REIはそう、言葉を濁した。
 年の近い姉妹はとかく比較される。女らしい非の打ち所のない姉に対して、REIはいつも反発を感じていた。
 跡取り息子を待望視されているところへ、次女として生まれた。
 母の気まぐれで、男の子の恰好をさせられて育った。
 それでなくても規格外に背は伸びて、姉と比較されたくないゆえに、女らしい恰好は一切しなかった。 
 だが、念願の長男誕生で、にわかに女子校へ編入させられてしまったのだ。
 いつまでも、男っぽい娘がいたら世間体も悪い。
 REIは自分をずっと、要らない娘と否定し続けて育ってきたのだ。

「そんなもんかねー。オレ、お前みたいな弟や妹がいたら、めちゃくちゃかわいがってやるのにな。比較しようとするヤツから、きっちり庇ってやるよ」
 少年のような屈託のない笑顔で言う。
 その言葉はREIの中で、とても暖かいものとして響いていた。


 AM8:00、いつものように広瀬はREIを迎えに来ていた。
 広尾にある高級マンション。下のフロアーに彼らの事務所もある。REIの住む部屋も事務所が借りていた。
 広瀬はリビングを抜け、寝室を覗いた。REIはまだベットの中だ。
 ロングシャツタイプのパジャマがウエストまでめくれ上がっている。
 ダウンケットもくしゃくしゃになって、すっと伸びた足にまとわりついてる。
 全くあられもない恰好で、かなり寝相が悪い。
 無防備な寝顔を覗きつつ、広瀬は毎度その姿にゾワッときて参っていた。
 一瞬起きる不埒な思いを吹き飛ばす。
(お仕事、お仕事) 
 そう、唱えつつREIを起こす。

「うーん」
 なかなか起きない。
「玲、起きろ!」
 ぴしゃりと言う。
 びっくりしたようにREIはやっと目を覚ました。
でも、いつになくだるそうにしている。
「どうした、顔色が悪いぞ。また、ビタミン剤を打ってもらおうか」
 REIは社長の指示で定期的に注射を打っていた。
「いや、あれの後、逆に具合が悪くなる気がするんだ」
 REIはふらつきながら立ち上がる。
「本当に大丈夫か」
「うん。今日は結菜とラブシーンがあるし、休めない。あの子傷ついちゃうよ」
 REIはノロノロと着替え始める。
「女の子とキスするなんて、抵抗ないか?」
「別に。今までだって何度かさがまれたことがあるし」
「そういうもんかぁ」
 広瀬には全く理解できない世界。
「それに男とのほうがよっぽどプレッシャーだよ。まだしたことないから」
 REIは広瀬にはにかんで微笑する。
 
 いつものように二人揃ってスタジオ入りした。
 廊下で碧海と擦れ違う。
 広瀬は挨拶をすると、スタッフルームの方へ行った。
 碧海は彼の後ろ姿を見送りながら、
「ガタイがいいなぁ」
「碧海だって、でかいじゃん」
「いや、オレより6 7センチは高いぜ。187ぐらいだろ。プロ野球選手なみだぜ。事務所の先輩か?」
「あれ、知らなかった?オレのマネージャーだよ」
「えっ、ホントかよ。どっかのモデルか、役者で通るツラしてるぜ」
「元はそうなんだってさ。ヒロは、あっ、広瀬さんっていうんだけど、そっちから、裏に回った人なんだ」
 REIは親しげに言う。
「ごきげんよう。いいなぁ、REIのマネージャーさん、カッコよくて」
 凛が二人に挨拶をし、広瀬を振り返る。
「おはよう」
「私もあんな人がいいなぁ。うちはダサいオジさんなんだもん。それより、いよいよ今日ね」
 凛はREIに投げキッスする。
「イイナァ。結菜が羨ましい」
「オレは碧海が羨ましい」
「何でオレなんだよ」
 行きなり話を振られて碧海はムッとする。
「最終回で、凛とキスできるだろ」
「あら、REIったら。いつもしてあげてるでしょ」
 凛はウインクする。
「なんだなんだぁ。聞き捨てならん」
 碧海は腰に手を当て、怒るポーズをする。
「んなワケけねーだろ。」
 REIは碧海を小突いた。
 
 結菜の家の玄関先のセット。
 みんなが見守る中……。
 結菜がガッチガチに緊張してるのが伝わる。
「さよなら」
 REIのセリフ。そしてそっと結菜と唇を重ねた。ほんの数秒。
 結菜の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
 せつない表情のアップ。

 カットと同時に結菜はへたへたと座り込んでしまった。
「結菜!?」
 REIはびっくりして顔を覗き込むと、結菜はREIの首に抱き着いた。
「私、すっごく緊張しちゃって。…でも、もう平気。REIが怖くなくなったから」
 REIにはどういうことか、全く理解できない。
(コワイだぁ?オレのどこがコワイッてゆーんだよ。碧海じゃあるまいし)
「だって、やっぱり男みたいな怖さが全然なかったんだもん。なんか安心しちゃった」
(確かにそりゃそうだ。男じゃないから) 
 REIは内心つぶやく。まったく、女子心はよく理解できないと思った。

それからというもの、結菜はすっかりREIに懐いてしまい、毎晩電話コールで悩まされることになる。
 
 女の子二人に異常にモテているREIに、おもしろくない碧海。そして複雑な思いに悩まされている悠真。二人は雁首揃えて、セットの陰で溜息をついていた。

「凛も結菜もREIに張り付いて、ちっともオレらの誘いに乗らねーなぁ、悠真」
「そうだね…」
 悠真は心ここにあらずで、相槌を打っている。
目はしっかりカメリハ中のREIを追っていた。
「どうしたんだよ。ここんとこ、お前。NGは多いし、よくボーとしてるし」
「ちょっと悩んでてな。オレ、変なんだ」
「お前らしくねーな。オレでよかったら、話してみろよ。相談に乗るぜ」
「あぁ。サンキュー。ラジオが終わったら、碧海んち行くよ」
「おー。元気出せや」
 バコッと、碧海は悠真の背中をたたいた。
 
 悠真の背中を叩きながら、自分も引っかかっている思いがある。
 REIと凛は、いつもつるんで楽しそうにしている。
 碧海はどうもこの二人を見ると落ち着かないのだ。
 どうも二人の間に入れそうもないような。
 それは凛への気持ちの焦りなのか…。 
 碧海はどうも自分の気持ちがつかめず考えあぐねていた。
(オレもらしくねーわな。REIとっつかまえて、ナシつけるか)

 思い立つと直ぐ行動に出る碧海は、車両口でREIを捕まえた。
「ちょっと、顔かせよ。今晩」
「なんだよ、急に。今ヒロが車を回してるとこだから、待ってくれよ」
 碧海はREIが『ヒロ』と呼ぶ言い方が、前々からどーも気に食わなかった。
「そんなマネージャーなんかほっとけよ」 
碧海は無理やり自分の送迎車にREIを乗せ、浜松町方面に向かった。

止められない心

 倉庫街にあるカフェバーに、REIは連れて来られた。
 碧海の自宅近くにある、行き付けの店だ
「たまには男同士、渋く決めよーぜ」
 碧海はREIにグラスをよこす。
 カン、グラスを重ねる。
 碧海はぐいっと一気に飲み干すと、
「よぉ、凛とはどうなってんだよ」
 碧海はのっけから本題をぶつけてくる。全くストレートな性格だ。
「な、なんだよ、いきなり。」
 REIはさすがに面食らった。
 碧海はマジな顔付きで睨んでいる。
(こいつ、よっぽど凛が好きなんだな)
 少しだけ、REIの胸が切なくなる。
「安心しろよ。何でもないよ。凛はお前を意識しているから、オレに対してあーゆー態度を取ってるのさ。わざとね」
 碧海は全く表情を変えようとしない。あの狼系の眼差しで睨んだまま。
「ほぉ、そう切り返して来るとはな。よーし、今日はとことん飲もうぜ」
 そう言って、ボトルをドンとカウンターに置いた。
「オレ、未成年なんだけど…。ちょっと待ってな、電話入れて来る」
 REIはスツールから腰を上げた。
「なんだよ。今日は女抜きだぜ」
 碧海はREIの腕をつかんだ。
「事務所だよ。オレの部屋、事務所の上のフロアーなんだよ。うるさくてさ」
「拘束されてて平気なのかよ」
「しょうがないさ。待ってるヒロに悪いし、」
「ケッ、イイ男が飼い殺しかよ。ジャーマネなんて、どうだっていいだろ。そんなトコやめちまえ」
「碧海には関係無いことだろう」
 さすがのREIもムッときた。
「そこいらの女の子じゃあるめぇし、イチイチ連絡入れてんじゃねぇよ。とにかく腰すえな。後で悠真も合流するしな」
「分かったよ」
 そうまで言われりゃ、しょうがない。REIは諦めて、座り直した。
 
 二人は店を出た。
しこたま酔った碧海は、REIを連れて倉庫街の船着き場のほうへ歩いて行く。
 真っ暗な海に、ビルの明かりが映りこむ。
「ふぇー飲んだ飲んだ。やっぱ、お前って変わってるぜ。妙に冷めたとこあるしな」 
碧海は完璧な千鳥足。かなり出来上がっている。
「そうかな」
 REIはアルコールを飲んでいないのでまったくのしらふだ。
「あー、女に興味ねぇとこなんて異常だぜ」
「別に興味ない訳じゃねぇよ。ただ、ピンと来ないだけで」
 REIは適当に話を合わせる自分がいやになってくる。
 女性の自分が、凛に恋愛感情を持つわけがない。
「それが変なんだよ。あの凛にビビッてこないとこがな。」
(男って、みんなあの手のカワイイコが好きなんだな)
凛の話をしていた碧海の表情を思い出し、胸の奥が少し痛んだ。
男が好きなのは、凛や姉のような女らしいかわいい子たち。
自分はその対象ではない。
「まぁ、いいじゃん。お互い好みが違うってゆーことで」
「結菜とはどーなんだよ。例のシーン以来、どっちゃり懐いてるじゃねぇか」
「まだ、子供じゃん。妹みたいなもん」
「子供はお前もだろ。未成年」
「そっちだって、3つしか違わないんだ。大人ぶってんじゃねーよ」
 REIはくってかかる。
「ハハ、そーやって、すぐムキになるとこがガキなんだよ」
 碧海がわざと憎まれ口をきいているのは分かっているが、REIはついプイっと顔を横に向けた。

 ハクション、その拍子にくしゃみ。
「寒いか」
「ん、ちょっとな」
「お前、男のくせに痩せすぎなんたよ」
 ガバッと碧海はREIの肩を抱き締めた。
「兄の愛情だ!!」
 そう言って、REIをみつめた。
 瞳が重なる。
 REIの胸が思わずキュンとする。
「オイ、そんな目で見るなよ。変な気になるだろ」
「変なって?」
「…つっこむなよ。…だから、こんな華奢な肩を抱いて、女みたいなキレイな顔が目の前にありゃ、つい…」
 碧海はちょっと沈黙。
 そのまま瞳を閉じて顔を近付ける。
(うっ、うっそー!ジョッ、ジョーダ‥)
 ん 
 唇が重なる。
 REIは余りに突然のことに大パニック。
ハートはドキドキ、足元はガタガタ。
 フッと、顔を上げた碧海は、ばつ悪そうにREIをみつめた。
 その肩からそっと手を放す。そのまま、数メートルダッシュ!
 ぴたっと立ち止まって、振り向いた。
「た、単なるジョークってヤツ。気にすんなよ。断っておくが、オレはノーマルだ。間違っても、その気になんなよ」
 そのぎこちないセリフ回しに、REIは思わず噴き出してしまった。
 REIは碧海の唇に感触が、ずっと残っているのを感じた。
 結菜とのキスは一瞬で消えたのに。
 異性との、碧海との初めてのKISSが、REIの心を一層切なくさせていた。


 REIは碧海のマンションに連れてこられた。 
「悠真の相談にオマエも乗れ」だの、「兄の命令が聞けないのか」だの、酔っ払いの碧海にからまれて、渋々部屋に入った。
「オレ、シャワー浴びて、酔いを冷してくんな」 
 碧海はバスルームに入ってしまった。

 こんな見知らぬ男の一人暮らし部屋に、一人取り残されて、REIは興味深げにあたりを見回した。
 崩れそうなCDの山。
 使い込まれたギターが1本転がってる。
 書きかけのスコア。
 飲みかけのビールの空カン。
 脱ぎ捨てたトレーナー。
 そこら中に碧海の日常が溢れてる。
(碧海を好きな子たちって、どんなにここに入りたいだろう。
 この部屋の指定席券がどんなに欲しいだろうか。
 たった一枚しかない…) 
 REIは、唇に残る感触に戸惑いながら、碧海の彼女の存在を考えていた。

パチン
 いきなり部屋が真っ暗になる。
 床おきの球体のライトがうす明るくブルーに輝き、窓から東京タワーの夜景が美しく浮かび上がる。
「碧海?!」
 REIは驚いて後を振り向いた。
「どーだ。キレイだろ」
 なんと、碧海は腰にバスタオルを巻いただけの恰好で立っていた。
 !!(絶句)
 そんなREIに一向に構わず、と言うか、気がつきもせず、すぐ隣に座る。
「ほら、こうやってムード満点にしてやれば、女はみんなイチコロなんだぜ」
 そう、耳元で優しくささやいて、REIの肩を抱く。
 当のREIは完璧パニックになっていた。
(ま、まさか、碧海ってそっち?……。オレのこと男って思ってる訳だし、 この危ない雰囲気どう解釈すりゃーいいんだ)

「なんて、うまくいきゃ……」
 と、碧海がいつもの調子で言いかけた時、
「お、おい。碧海…。お楽しみんとこ悪いけど、オレっ」
 悠真が呆然として、部屋の入り口に立っていた。

「おぉ、早かったじゃん」
 碧海は慌てて肩に回した腕をほどいたけど、しっかり見られていた。
 と、同時に振り向いたREIの顔を見て、悠真もパニックしてる。
「オ、オマエら、そーゆー仲だったのかぁ?」
 しっかり声が引き釣ってる。
「バカッ、ち、ちがうよ。変な勘違いしてんじゃねーよ。お、女の口説きかたってヤツをREIに伝授してやってたんだ。な、なあ」
 立派な言い訳も、うろたえながらやっちゃ、真実味にかけるってものだ。  
 悠真はどうも納得の行かない顔をしている。
 碧海は部屋のライトを付けると、
「服着てくるよ。カゼひいちまうぜ」
 別室にそそくさと消えて行った。
 
 REIは悠真と二人っきりになってしまった。
「ホントに碧海とはなんでもないのかよ」
「バカッ、当たり前じゃん」
 REIはふてくされながら言う。
「別にこの世界じゃよくある話だから、気にすんなよ。正直に言ってくれた方がオレは助かる」
(ゲッ、マジ?!ってーことは……悠真もそっち?)
 REIはまたもや、パニックになっていた。
「も、もしかして、悩みって碧海のこと?だったら、ぜんぜん……」
 REIは悠真の顔を見た。かなり思い詰めてる。
「……そうじゃねーよ。そうじゃなくて、」 
 悠真はキッと、熱い眼差しを向ける。
(うっうそー、この目線……)
「オレって人間はずっとノーマルだと思ってきたんだ。でもREI、お前のことが忘れられない」
 ずいと悠真の顔のアップが迫って来る。
「ちょっ…と、ちょっと待ったぁ!」
 REIは慌ててのけぞった。
 ファーストキスしたばかりなのに、今度は別の男に奪われそうになる。
「美しすぎるオマエが悪い」
 悠真はガバッと腕をまわしてきた、あと5センチ!
(ヒロッたすけて!)
 REIは心の中で、広瀬に助けを求めた。
「何やってんだ。お前ら」
 今度はトレーナーを着込んだ碧海の目が点になってる。
「おれ、REIにホレちまったらしい」 
 悠真はもうやけのやんぱち。
「悩みって、そのこと…」
「わ、わるいか」
 しっかり開き直ってる。
「ブハハハハ」
 碧海は盛大に笑いこけていた。
(もーどうとでもなれ!)
と、REIはひそかにつぶやいた。





この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?