映画日誌’23-55:ティル
trailer:
introduction:
アフリカ系アメリカ人による公民権運動を大きく前進させるきっかけとなった「エメット・ティル殺害事件」をナイジェリア系アメリカ人の映画監督シノニエ・チュクウが映画化。名優ウーピー・ゴールドバーグが共演し、製作にも名を連ねる。『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール 報復の荒野』のダニエル・デッドワイラーが主演を務め、ゴッサム・インディペンデント映画賞など数々の女優賞を受賞。主要60映画祭21部門受賞86部門ノミネートで賞レースを席巻した。(2022年 アメリカ)
story:
1955年、イリノイ州シカゴ。夫を戦争で亡くしたメイミー・ティルは、空軍で唯一の黒人女性職員として働きながら、14歳の一人息子エメット・愛称ボボと平穏に暮らしていた。夏休み、エメットは初めて生まれ故郷を離れ、ミシシッピ州マネーの親戚宅を訪れる。しかし彼は、雑貨店で白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで白人の怒りを買ってしまう。1955年8月28日、エメットは白人集団に拉致され、壮絶なリンチの末に殺されてしまう。息子の変わり果てた姿と対面したメイミーは、この事件を世間に知らしめるべく大胆な行動を起こす。
review:
2022年3月、バイデン大統領は人種差別によるリンチを憎悪犯罪とする法案に署名し、成立させた。この法案は1900年に初めて議会に提出されて以来122年、実に200回近くも廃案に追い込まれてきたという。成立した法律は1955年にミシシッピ州で惨殺された14歳の黒人少年の名前にちなんで「エメット・ティル反リンチ法」と名付けられた。
1955年8月28日、エメット・ティルが白人女性に対して「口笛を吹いた」という理由で拉致され、片目をえぐり出されるなど壮絶なリンチを受けて殺害され、遺体は川に投げ捨てられるという事件が起きた。エメットの母メイミーは、世界に事件の残忍性を示すため棺を開いたまま葬儀をおこない、数万人を超える市民が参列したという。大きく損傷を受けた彼の遺体写真は全米に配信され、多くの世論の反響を巻き起こす。
この「エメット・ティル殺害事件」は、自由と人権を求めて白人優位のアメリカ社会にたった1人で立ち向かった母メイミーの姿が多くの黒人に勇気を与えて彼らを奮い立たせ、キング牧師らが率いた公民権運動を大きく前進させるきっかけとなった。エメットの死は南部において黒人差別に対する正義の象徴となり、黒人たちの意識を大きく変えた重要な出来事のひとつだ。
実話なので展開が知っている分、ティルの無邪気な瞳や、息子を思う母の愛に心が締め付けられる。監督のシノニエ・チュクウの名は初めて聞いたが、彼女はナイジェリア系アメリカ人であり、母メイミーと同じ黒人女性の視点で描かれたのだと思うと腑に落ちる。わずか14歳の少年がおぞましい暴力の餌食となり、そして法廷で再びリンチされるという悪夢、黒人たちの慟哭を追体験させられて辛い映画体験だったが、この歴史的事件の目撃者になることをお勧めする。
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