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『遠回りのその先で』


卒業してから一度だけ
君を見かけた事がある

仕事帰りの深夜バス
信号待ちの坂の途中で
聞き覚えのある苗字が
耳に飛び込む

思わず振り返ると
楽しそうな酔っ払いが二人

先輩らしき女の人が
君の頭を撫でまわして
会社の愚痴を溢している

"明日もちゃんと来てくださいよ"

君は慣れた口調でなだめながら
降車ボタンを押した

一瞬目が合った気がして
僕は慌てて前に向き直る

"ちゃんとお家まで帰ってくださいね
あと、明日本当にちゃんと…"

絡まれつつも
去り際まで彼女を気にかける君は
あの頃と何も変わっていない

いつも周りのことばかりで
自分のことは二の次で

バスの前扉が開き
君は立ち上がり
僕の横を通り過ぎる

「うるさくしてすみません。」

久々に聞く懐かしい声は
少しだけアルコールの香りがした

降りたバスの窓越しに
先輩へ一礼した君が
前方の曲がり角に消える

その先の自販機で
君はまだメロンソーダを
買うのだろうか

ふと蘇るいつかの記憶に
僕は驚き
バスの発進と同時に
窓に手をつき目を見張る

なんとも言えないあの味を
満足そうに飲む横顔は
思い出よりも少し遠く

自販機の明かりに照らされた
左耳の一粒ピアスが
やけに眩しく
とてもよく似合っていた


#詩 #散文 #イラスト #遠回り #再会

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