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『期末テストの話』

テスト期間も今日が最終日。
朝練のない、のんびりな登校とも
またしばしの別れとなる。

(眠い…。)

俯き、あくびを隠す。
ふと目に入った運動靴は、
だいぶ汚れていた。

(テスト期間中に
 洗えば良かったなぁ。)

ぼんやりとそんなことを考えていると、
不意に後ろ髪に違和感を覚える。

「おはよ。寝癖見っけ。」

挨拶と同時に、 君が後ろ髪をつまんできた。

「おはよー。
 人のこと言えないと思うけど…。」

君の前髪も、だいぶふにゃふにゃと
右方向に寄っている。

「僕のは違うし。おしゃれです。
 伸びてくるとこうなるの。」

「はいはい。便利なおしゃれだこと。」

いつものようなやり取りで、
学校の前のなだらかな坂を下る。
桜並木もすっかり、濃い緑色の
たくましい葉を茂らせて、
さわさわと曇り空に揺られていた。

「お前に借りたCD、めっちゃいいわー。
 夕べも聴きながら英語やってた。」

「なんかバランスがいいよね。
 速いのもゆったりのも。」

「そうそう。あ、でも、
 バラードは聴き入っちゃうと…」

「手、止まるよねー。」

「だよなー。ははっ。」

笑いながら、ふやっと出たあくびを
隠すこともなく、君は楽しそうに
感想を聞かせてくれた。

つられて出たあくび顔のまま、
私も君が貸してくれたCDの話をする。

「君のは、英語の歌詞が多いよね。
 わかんないとこは、
 辞書でちょこちょこ調べてる。」

「お~、偉い!
 お前やっぱ真面目だなぁ。」

「で、ちょっとオトナなとこも あるよね。」

「いやん。朝からおませさん。」

頬に手を当ててふざける君に、 思わず吹き出してしまう。

真似をして、頬に手を当てながら、
続きを伝えた。

「ふふっ。
 でも、めちゃくちゃカッコいい。
 あの感じ、好きだなぁ。」

「ねー。
 僕も、こんなに好きになるとは思ってなかった。」

お気に入りを共有できた 嬉しさなのか、
君はいつになく真っ直ぐにこちらを見て、
返事をくれた。

その視線に、胸の辺りがきゅっと 苦しくなる。

この気持ちが透けて見えてしまわないように、
手を頬から口元に移して、 下を向いた。

「ねー、そんな眠いのー?
 もっと好きになったとこ教えてよ。」

再び寝癖をつまむ君に、
追い討ちをかけられていると、

「先輩、おはようございます!」

後ろから声を掛けられた。
ふざけたままの格好で、二人で振り返る。
声の主は、自分の部活の 後輩ちゃん三人組だった。

「あ、おはよー。」

思わず寝癖を隠そうと、 頭に手をやる。
すると、まだ私の後頭部付近に
居座っていた君の手とぶつかってしまった。

「っひゃ!」

ぴくりと肩を揺らして、変な声が出た私をよそに、
君は寝癖をつまみ直して、 彼女達に話しかける。

「君らの先輩、寝癖凄いっしょ?」

「えっ…」
「えーと。」

「や、やめなさい! うちの後輩ちゃん困らせないで。」

今度は臆することなく、君の手を掴んで、
頭から引き離すことができた。

ぴょんと威勢よくはねる後ろ髪に、
君は笑いながら、

「先輩! 手、離したら隠せないって。」

そう言って、掴まれたままの手で
私の後頭部を2回、 ぽむぽむと撫でた。

「ちょっと、もういいから~!」

触れられた場所が、じんわりと熱い。
君の手首を握りしめた自分の手のひらを、
うまく離せないでいると、

「せ、先輩!
 私、手紙渡したかっただけなんで、すみません!
 お邪魔しました! お先に失礼します!」

後輩の一人が、折り込まれた便箋を、
私のセカバンの外ポケットに差し込む。

三人は慌てた様子で、 ぺこりと挨拶をして、
私達を追い抜き、走り去っていった。

あぁ…
何か勘違いをされた気配がする。

うなだれる私などお構いなしに、
君の興味は、渡された手紙に向いていた。

「え!先輩ったら、後輩と手紙してんの?
 人気者じゃん。プリクラ入ってる?見して!」

そのマイペースさが、 心底うらやましい。
ため息をひとつ付いて、返事をする。

「…女子は面倒なんだぞ~。」

「ふふーん?」

いたずら顔の相槌のあと、
先程と同じように頬に手を当てた君が笑う。

「いやん。
 僕は構わないけど。
 頑張って、先輩。」

君の言葉をどう受け止めたら 良いものか、
悩んで漏れたため息は、さっきよりも長めで、
でも、悪い気分ではない、
複雑なものだった。

掴んだ手首のぬくもりが残る右手で、
寝癖をぐしゃぐしゃと握り締め、
蒸し暑さの中、君の横顔を追いかける。

予鈴5分前の正門は、いつもよりもせわしなく、
ざわめく私の胸の内と、
どことなく似ているように思えた。


#散文 #短編小説 #イラスト #恋愛

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