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『貸したノートの話』

「今日の外周は無しー。
 筋トレしたら帰っていいって!」

「やったー!ラッキー!」

隣のクラスからの伝達に、
部活仲間と笑みを交わす。

五限の終わりあたりから
降り出した雨風は強く、
他の部活も次々と、
校内での活動に縮小する旨が、
伝えられていた。

にわかに活気付く教室は
普段と比べて、
ざわめきが大きく感じられる。

少し慌て気味に支度をしていると、
不意に左肩をつつかれた。

「さっき借りたノート、
 返してなかった。ごめん。」

声の方へ振り向くと、
ピンクのチェック柄のノートを手に、
君が佇んでいた。

「あ、今日はたぶん使わないから
 明日でもいいよー。」

「大丈夫、数学の時に写した!」

「えー、それ数学が
 大丈夫じゃないじゃん…」

へへっと笑ってごまかす君も、
どことなくソワソワしている。

(あ、早く部活に行きたいのかな?)

それなら会話を続けるのは申し訳ないなと思い、
素直に差し出されたノートを受け取った。

「…ん?」

指先、というよりも、
手のひら全体に違和感が広がる。
明らかに分厚くて、硬い。
おそらく何かが挟まっている。

「ちゃんと掴んだ?離すよ?」

こちらが問う前に、
君に念を押されてしまい、
思わず掴んだ右手に力を込めて、
そのまま黒の革カバンに
ストンとしまい込んだ。

確認のため、君の瞳を見据える。

一連の動作を見守っていた君は、
小さく安堵のため息を漏らし、
自分のペンケースから何かを取り出した。

「あとこれ。
 どのページに付いてたのか、
 わからなくて。」

続けて渡された、水色の付箋。
そこにはオレンジ色のインクで、
何やら数字が書かれていた。

("1-4、1-7~9、2は全部"
 …あぁ、わかった。)

初見の付箋を眺めたまま、
お礼を伝える。

「わざわざありがとう。」

「あ、ちょっと待って。"1-12"も…」

慌てて付け足そうとする様子が
あまり見慣れない姿だったせいか、
なんだかおかしくて、
ふふっと声が出てしまった。

「大丈夫、全部聴くから。」

私の小さな返答で、
君がいつもの調子を取り戻したのがわかった。
口元の機嫌の良さが、その証拠だ。

「おい、早く行くぞ。」

君は部活仲間に声を掛けられ、
ガチャガチャと部活道具を背負う。

「じゃ、また明日。」

「うん、また明日ー。
 帰る前にありがとね。」

カバンの中の預かり物は、
おそらく君の宝物のはずなので、
もう一度お礼を伝えた。

振り向いた君が、
いたずらめいた顔で囁く。

「感想は、原稿用紙5枚以上ね。」

「多い~!
 でも、たぶん楽勝。」

私は胸元で小さくピースを見せる。
その返事にくくっと笑いながら、
君は左手を軽く挙げて、
部活へと繰り出して行った。

既に教室から担任は去っていたが、
念の為周りを見渡してから、
カバンの中身を確認してみる。

四角い黒のプラケースに、
「BEST」の文字が見える。

ケースの挟まれたページには、
癖のある君の字で、
"ハートのロゴのアルバム貸して!"
と書かれていた。

「それは付箋じゃなくて、
 直に書いちゃうのかぁ…」 

マイペースな君らしさが
ペン書きで記されてしまった
ノートに苦笑いしつつ、
付箋と一緒に丁重に入れ直し、
カバンの蓋の金具を留める。

「お待たせ!行こっ!」

友の声に頷いて、
いつもより大事に
カバンを胸の前に抱き、後を追う。

(早く聴きたいな…
 付箋のおすすめから聴こう。)

はやる気持ちを抑えきれず、
少し早歩きで、
廊下の窓の外に目を向けた。

ガラスに当たって
忙しなく滴る水の帯は、
君から借りた旋律のひとつと重なる。

激しくも、時折り、
切ないほどに穏やかで。

どの曲も、
きっと好きになる。

君の音は、
何故だか私によく響くから。

雨音に耳を傾けながら
口ずさんだうろ覚えの鼻歌が、
思いのほか階段で反響してしまう。

浮かれている自分に気付かされて、
照れ臭さとごちゃまぜに
湿度に負けた前髪を
くしゃりと掴んだ。



#短編小説 #散文 #イラスト #恋愛

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