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すべて他人事な話 その1

夏の日差しで体調を崩しました。
全部病気のせいだ。
体重が先週から4kg減ってたのは病気のおかげです。
脳みその整理で昔の話を書いてみました。

 東京の伯母の家で暮らし始めた小学生の頃、私は社会問題に憤る子どもだった。
 学年を上がるにつれ戦時中のこどもたちを書いた本から世界の貧困、アフリカの女性の割礼問題、死刑反対を訴える団体の本など、放課後はもちろん、休日には図書館をはしごして読み漁っていた。

 多分当時の私生活苦しさから目をそらすために、自分より不幸な人々を上から目線で「何とかしなきゃ」と思う超個人飼ってな義憤にかられていたのだと思う。

 当時はまだ目新しかった女性問題には飛びついて、自分の代で変えてやろうと女子児童初の児童会長に名乗りを上げ、偶然女性だった校長と写真を撮りこれからは女性の時代だと見せびらかしたりなどなど。
ある意味黒歴史レベルの社会問題オタクになっていた。

 その反面、周期的に地球のためにならないとごみの分別に熱を上げる伯母には「面倒くさ」と心でつぶやいていたので、本当にただただ形だけである。

 偶然見たロボットアニメにハマり立派なオタク道を歩みながらも憤りを持つ中学生になった私は、レベルの集団の仲間入りをしたいという虚栄心と出来るだけ家にいる時間を短くしたいと言う下心から「学生たちが行う素晴らしい活動を学生たちが大手新聞社で記事にする」という活動に仲間入りをする。

 そこで出会った仲間は先進的な意見を持ち、はっきりと自分の考えを表に出せる、今で言う意識高い系、ちょっと昔ならインテリジェンスな学生たちだった。
めちゃくちゃ嬉しかったし、ここで自分もそうなって行くんだ!と舞い上がっていた。

 すぐにそんな期待はぶち飛んで行った。
 ほとんどの子は当然のように私学に通っていて、公立校からは自分だけだった。
 さらに偶然にも同じ学年で入った子がお父さんが世界中を飛び回るジャーナリスト、本人も連れて行ってもらえるような素晴らしい環境でお育ちになったエリートだったのだ。

 紛うことなき完敗だった。
 私が褒められても目の付け所が面白いとか、考え方がユニークだとか、取材先で地元の人と直ぐに打ち解けて気に入られるのは才能だとかそんなもんである。

 その子はグローバルで活躍出来る、生まれ持っての気質が全然違った。
 彼女がJRAでみんなから注目されて活躍するサラブレットなら私はこども動物園でいいこいいこされる引き馬だった。

 気がついたらどうでも良くなって、いつの間にか活動からフェードアウトし、当時直ぐに高評価を貰えたコスプレ世界にどんどん傾いて行っていた。

生きる場所が違った。
その時に向いている場所が違った。
 どんなに頑張っても子どもの間は育つ環境がモノを言うんだな。
それだけを学べた、それで十分だった。

 結局あれだけ憤っていた社会問題も自分の虚栄心に潰されていったのだ。

 それでも、考えて書くことが好きで続けていた。
 歴代HPにはずっとコラムのコーナーを作りその時々のネタを書いていた。
頭がぼーっとして休んでいる時期には常にノートにその時の考えを書きなぐっていた。
元々の悪筆で読みづらい上に胸糞な事をおもだしそうだから後で読み返す事も殆どない。

 HPを休止しても日記やブログをいろんな所に作りまくった、ほとんど作って書いてそのまま他の場所へ移り、いつの間にかサービスが終了して消えてしまっているが。

 文章を書き、修正して、誰かの目のつく所に置いておく。
たまに反応があって読んでもらえた事に満足する。

 私の虚栄心はこの程度で十分満たされる程度のもので、誰でもどこかの誰かに読んで貰える所に張り出せる今の時代は丁度よいのだ。

 そんなちっぽけな虚栄心で潰された私が憤ってた社会問題は、私にとって本当に他人事なんだろう。
今SNSで大声で怒鳴っている人たちも、スマホを置いて美味しいサンドイッチやパフェを食べたり旅行をしている間にはそんな事微塵も思い出さなし感じない人がほとんどだと思う。

 結局、虚栄心や居場所代わりにしてる人がほとんどだけど、そういう人で問題が解決するならそれでいい、もうそう思ってる事自体が他人事な証拠だと思う。

もしよろしければサポートを頂けると宇宙猫のお食事にお漬物がひとつ…