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2023/6/12 人生の物語

『STONER / ストーナー』という本を読んだ。

筆舌に尽くし難い程素晴らしい一冊だった。

この本はウィリアム・ストーナーという男の一生を描いた小説なのだけれど、そこに何か特別大きな事件があるわけではない。普通に大学に進学し、普通に教師を志し、普通に結婚し、子供ができ、普通に年老いて死ぬ。そんな普通の人生の物語だ。

しかし、今ここではあえて“普通“と書いたが、“普通の人生“なんでものは無いんだという当たり前のことをこの本は思い出させてくれる。

私たちは毎日何かを考えて生きてるし、毎秒毎分大なり小なり何かを選択している。そしてその大体は妥協と煩わしさの積み重ねでしか無い。なんて地味で微妙で嫌なことばかりな人生なんだろうと思う日も沢山ある。今この瞬間に集中してみると悲劇的な人生だとすら思う。

ウィリアム・ストーナーの人生もまた、苦しみと諦めと傍観の日々だった。

その日々は、側から見ればなんて事もないものかもしれないが、彼の内面を通して見る世界はあまりにも壮大で、濃密であった。

そして、美しかった。

人生は振り返ってみると何故か美しく輝いて見える。その時その時はそう思えなくても。それは懐かしさか、諦めか、まだ純粋だった自分への罪悪感か。どういう感情なのか分からないけど、全てがただ美しい。

この本に使われる果てしない語彙の数々と美しい文体は、鬼気迫る勢いでその事を私に突きつけてくる。この本は彼の人生を祝福しているのだ。

元の文章もだろうけど、東江一紀さんの訳がとにく素晴らしいのだろう。私は海外文学はたいてい目が滑ってしまって上手く読めない事が多いんだけど、この本は恐ろしい程スラスラと読む事ができた。これはとても凄いことなのだと思う。

読書ってやっぱ素晴らしい体験だなって思った。他の全ての作業や連絡が停滞するので中々困るのだけど、そういう日があっても良いよねと思える。それもまた人生なのだから。

「シェイクスピア氏が三百年の時を超えて、きみに語りかけているのだよ、ストーナー君。聞こえるかね?」

STONER / ストーナー

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