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小説「弧悲は恋」-2

帰り道。
電車を降り駅前から少し歩いたコンビニを曲がって路地に入る。
パーカーのフードが引っ張られる感じで、ふと振り向くが誰もいない。
風のせいか、と思い、再び歩き始め表通りの商店街にでる。
クリーニング店、古本屋、喫茶店、パン屋など並び、そこそこ賑わう通りだったが、シャッターを下ろした店も所々にあった。
その一か所に開店したばかりの花屋がある。
店先には今が盛りの鉢植えの花が置かれ、そこだけが光に溢れているように見えた。店先から花束を抱えた女性の姿。その後に店員だろうか、黒いエプロンを着けた若い男が、花束の女性の後ろ姿に深々とお辞儀をしていた。
丁寧なんだな、と思い、通り過ぎようとした。
その時、その店員と目があった。彼は、小さく頭を下げ「どうも」と言うように口が動いた。僕は一瞬、彼と会ったことがあるな、そう感じた。
部屋についても、その感じが頭から離れず、誰だったか、どこで会ったか、気になりだして止まらない。
短い髪、切れ長の眼差し、少し大きな耳、はっきりした唇。
あいつは誰だ。俺の中で尋ね人探しが巻き起こる。記憶の束からファイルを探す時間。晩飯を作りながら、食べながら、トイレに入っても、スマホを見ていても、ランダムに入り組んだファイルは、なかなか発見が難しい。
やっぱり違ったか、他人の空似と言うじゃんか。あきらめかける。
ベッドに横たわってスマホ見ながら寝落ちした、その時、今朝がたの夢の透明人間がプレデターの反射光装置を解除したかのように、姿を現す。
夢だぞ、頭の中で繰り返し、囁く言葉の風を感じながら、その正体を見るために、僕は振り向く。
中学1年、半年だけ一緒のクラスだった高尾真登、タカオマサト。

真登、まさと。マット。あだ名だ。
目が覚めて、納得した。中1のまだ幼い面影は、花屋の青年にはない。
ということは、僕もおそらく変わり果てて、大人になったのだろう。
真登とは気があった。僕の席の後ろに彼の席があった。
小学生の時、同じ書道教室に通っていた。中学では同じクラスになり喜んだのを覚えている。部活は二人で話し合った結果、陸上部にした。マットは確かに長距離が得意だった。僕は短距離。中学一年の9月に転校していった。確か彼の父親は警察官だった。
そうか、マットだ。
でも、なんで、この街の花屋にいるんだろうか。
【3】に続く。


ただ今までの登場人物:
僕:杉本和海
大学の友人:沢村怜
友人(幼馴染):高尾真登

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