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「お前この問題解けたんかー 解けてないやろー」

もう去年のことになる。

小学生から中学生までずっと同じ学校で、家も近所の同級生の男と、駐輪場でばったりと出会った。

話さない仲でもなかったので、一緒に帰ることになった。
別れた彼女のグチなどどうでもいい話が多かったためほぼ聞き流したが、話の流れで、そいつの進路の悩みの話になった。

そいつは高校でも、とある分野について専門的なコースに通っている。一般的な高校は三年間通えば済む話だが、そいつのコースの場合そうはいかず、卒業まであと数年かかる。なので同級生の私が大学へ行った今も、彼は高校生だ。

そんな中彼は、今学んでいる専門的な分野に全く興味を失った、と言うのである。

正直フォローの言葉が見つからなかった。

お前、前会った時は楽しそうに、お前こんなこと覚えようとしたことないやろ! でも俺らは全部覚えなアカンねん! って言って、人骨のテストの話してたやんけ。黙って人骨の勉強しとけや!

私は普通科の高校を卒業したから、専門コースに通っている人がその専門分野に興味を失った場合の対処法など知らない。そのヤバさというかツラさというか、私には到底理解が及ばない。もしかしたら大したことない問題なのかもしれない。わからない。

しかしそいつが

諦めて勉強続けてそっち系の就職するか、学校やめてフリーターやるかのどっちかやな

と言った時、なんだかズシンときた。
どちらも彼にとって最良の選択になる可能性はもちろんある。しかしそいつはまるでその二択でしか人生を選べないとでも言うような態度をとっていた。

その後私がどう返答したかは覚えていない。

中学三年生の時、進学校クラスと普通校クラスで数学と英語はクラスがわかれていた。
私は前者であったため、授業の最後にハイレベルな問題が自由課題として出されることも多かった。周りの友人たちと切磋琢磨し合いながら競い合って確率問題を解いたりしたことは、いい思い出のひとつである。

その思い出の欠片の中にそいつもいる。しかしそれは決していい思い出ではない。

数学の授業が終わると直ぐに、隣のクラスからわざわざやって来て、許可もなく私たちのいる教室に入ってくる。終わってないのに入ってきて先生に怒られることもしばしば。しかしそいつはまるで気にもしていない様子で、

お前この問題解けたんかー 解けてないやろー

と言って私たちの所へ寄ってくる。
当時の私にとってこの質問はあまりに不躾、無遠慮。

男子にからんだあとで、元気な女子。最後らへんに私。

お前には解けてないよなっ? なっ。解けるわけないもん

私が無言でノートを見せる。
解けていた場合、そいつは露骨に悔しそうな顔をする。
チッ、とか言って。チッ、てしっかり発音するやつ、私の知り合った中では、後にも先にもお前だけや。

解けていなかった場合、それはそれはいい笑顔。ま、お前には難しすぎるよな、俺には解けたけど、とか言って。なんやお前ころすぞ、国語は私の方が上や、顔キモいねん、って今の私なら言える。三連撃。片手間に正中線五段突きも添えることが出来る。

しかし当時の私にはそいつという存在があまりに異質物すぎて、言い返す術を探す、という選択肢すらなかった。

終始、なんなの…? こいつなんなの…? という感情。ただそれだけ。張り合いがいのないカカシのような相手に向かって、そいつはウザイ絡みをし続けた。その心は。

ちょっと成績のいいやつには手当たり次第、他クラスを訪ねてきてまで、こんなことをする。

当時の私の感想は正しかった。
なんなの…? こいつなんなの…?
本当にそうである。

青春ごっこをしたかった説が濃厚だが、数学解けたかどうかで盛り上がる青春って…? とも思う。中学三年生の考えることだから、なにも言うまい。

チャリ漕ぎながらそいつの人生の悩みを聞いたあと、話の流れで

じゃあお前はなんで今の進路にしたん

とこう来た。

私のことはどうでもええやろ、とは返せない。
すんなりと言葉が出てこない自分が愚かしく感じられて仕方がなかった。

そいつもそいつで、お前は呑気でいいよな、みたいな顔してる。なんやねん。なんで夜道でお前みたいなもんとチャリ並走しながらこんな気持ちにならなあかんねん。

お前この問題解けたんかー 解けてないやろー。…。

今も昔もそいつは変わらず、私にとって嫌な質問をし続ける。変わったことといえば、昔はすんなり答えられていたのに、数カ月前の私は少し答えに窮した。

しかしその時のことを反省し、改めて考え直した今ならば、なぜ現在の進路を選んだかの理由は胸を張って説明できるつもりだ。

中学生の時、私は大学生の現在では考えられないほど内気で、あいつの声聞いたことある…? みたいな陰口を叩かれるほどであった。

数学の問題だって、私が解けても解けなくても、本来誰も聞いてこないし、話しかけてもこないはずだったのだ。私も話しかけないから、必然的に私は数学の時間誰とも話さない。

だけれども、そいつだけは私に話しかけ続けた。
それで救われた面も、多少はあった気がする。

そいつは去り際に、またLINEするー ご飯行こー と言った。
しかし未だにLINEは来ない。
私からもLINEは送らない。

そいつが今頃フリーターをしているか、惰性で学校へ通い続けているかは、もうしばらくわからないままであろう。

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