【創作大賞2023】さらぬわかれ 4
夢を見た。
あの木だ。
さくらが泣いてる。
近くに寄りたいのに、近づけない。
さくらがいる先には、誰かがいる。
誰?
よく見えない。
近くにいるのなら、彼女を助けてあげて。
涙を拭いてあげて!
見えているのなら──
(変な夢だったな)
栄子は洗面所で歯を磨きながら考えた。
(私が助けたいのは、お姉ちゃんであって『さくら』ではないでしょ?)
口にコップの水を含んだまま、数秒止まった。
(さくらに情がわいたのかな)
含んだ水を洗面台に吐き出した。
(それより……恒太に昨日のこと、報告した方がいいのかな)
歯ブラシをすすいで、コップに立て掛けた。
洗面所を出て居間の掛け時計を確認すると、いつも登校している時刻になっていた。
「そろそろ学校行かなくちゃ!行ってきます、お姉ちゃん!」
2階の部屋に向かって、大きな声で桂に呼び掛けた。もちろん、彼女からの返事はない。
栄子は玄関の戸締まりをして、学校に向かった。
教室に入り恒太をさがしたけれど、姿が見当たらなかった。
恒太の隣の席の女子がいたので、聞いてみた。
「おはよう、鈴原さん。恒太は学校に来てる?」
「池上さん、おはよう。山村君は今日、具合が悪くてお休みだって」
(恒太、休みなんだ。『また明日』って言ってたのに)
栄子は昨日の気持ちの盛り上がりが虚しく思えた。
朝のホームルームの予鈴が鳴った。
「鈴原さん、教えてくれてありがとう!」
栄子は帰りに恒太のお見舞いに行こうと決めた。
栄子は恒太のことが心配で、授業の内容が入ってこなかった。
早く放課後になれと、ずっとそわそわしていた。
ようやく放課後になり、栄子が帰る準備をしていると、鈴原に呼び止められた。
「池上さん、これ今日の授業のノート…山村君に渡してくれる?」
鈴原の顔がほんのり赤い。
「うん、いいよ!」
栄子はノートを受け取った。
(鈴原さん、恒太のこと好きなのかな……)
好きでなければ、わざわざ他人のためにノートはとらないだろう、と思った。
鈴原が去った後、ノートの表紙に書かれた名前を見て、
(字が綺麗だな~)
と、字の決して上手でない栄子は、軽い劣等感を抱いた。
中学校の門を出て、栄子は商店街の八百屋へ寄った。恒太へのお見舞いを買う為だ。
栄子はいつも帰りの遅い両親の替わりに食材を買っているので、普段から財布を持ち歩いている。
お見舞いといえば、という理由で林檎を選んだ。
(恒太は好き嫌い無いし、大丈夫だろう)
お会計の時、八百屋の店主が林檎を買うのを珍しがったので、「恒太のお見舞い」と伝えたら、林檎を1個サービスしてくれた。
ここの店主は良心的で、栄子が買い物に来ても、他の村人みたいに「祟り」に対する偏見なんて感じさせない。
栄子はレジ袋に入った林檎の重みを感じながら、山村家へ向かった。
山村家は、池上家から学校までの通学路の最短ルートにある。
しかし栄子はこのルートでは通学しない。山村家は、あの桜の木のある丘の近所にあるからだ。
そのせいもあって、栄子が恒太の家に行ったのは、昨日を除いてたった一度である。
もっとも、行かない理由はそれだけではないのだが……
山村家が見えてきた。
(栄子、今はもう大丈夫よ!)
栄子は自分を奮い立たせた。
山村家に到着した栄子は、呼び鈴を押した。
(ああ…緊張する!)
少し時間をおいて、玄関の戸が開いた。出てきたのは恒太だった。顔色はあまり良くない。
「栄子、こんにちは。見舞い……来てくれたんだ」
「こんにちは…って、寝てなくていいの?」
思わず栄子は声が大になってしまった。
恒太は気だるそうに、「さっき起きたところ」と言った。
「母さん、出掛けてるんだ。買い出し。玄関じゃ落ち着かないし、中に入りなよ」
栄子は恒太と2人きりと分かると、何だかそわそわしてきた。
数年ぶりに中に入った山村家は、相変わらずすごかった。
大正時代に建てられたという大きな木造2階の家は、廊下がガラス張りで、整えられた広い日本庭園がよく見える。
ところどころ和の趣が感じられる部屋には、掛け軸や生け花が飾られている。
その中に、日本刀も床の間にあったのだが、なぜか見ると寒気がするのだった。
栄子は日本刀について聞いてみることにした。
「恒太、あの刀」
「ん~?」
恒太はぼんやりとした感じで栄子の目線を追った。
「あ~。あの刀?あれは、家に代々伝わっているものだよ。確か江戸時代ぐらいのものだったかな?」
恒太は、たった今思い出したように言った。
「ねえ。恒太は何も感じないの?」
「……いや、特には何も?」
恒太はずっとこの家に居るからなのだろうか。
しかし、栄子には良くないものを感じずにはいられなかった。
だんだん、栄子の体調まで悪くなってきた。とうとう刀のある和室の入り口で座り込んでしまった。
(ヤバい、気持ち悪い……)
栄子の意識が遠のいていた、その時──
「急いで障子を閉めて、この部屋から離れて!!」
と声が聞こえた……否、頭の中で直接響いた。
すると、廊下のガラス戸の方から桜の花びらのような光が差し込んできた。
光を浴びた途端、栄子の意識がはっきりした。
栄子は急いで和室の障子をピシャリと閉めた。
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