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【ショートショート】人魚の夢(「澪標」6話より)

僕は冷たい海に沈んでいった。
切り刻まれるような痛みが体温を奪っていった。
肉体は指先から泡と化し、今にも消えそうになった。

絶えそうな意識の中で、泡になってしまった僕の体をひとりの人魚が集めていくのを見た。

僕は人魚のキスで目を覚ました。
そこは洞窟の中で、夜の海が見えた。

「間に合って良かった。」
人魚は微笑んだ。

僕は体を起こした。
全身は痛むが、確かに僕は生きていた。

しかし、人魚に話し掛けようにも声が出ない。

「私の──を引き換えに、あなたの肉体を再生しました。
あなたは還るべき場所へ戻って下さい。」
人魚の手には、緑色の小瓶が握られていた。

人魚が海の方に手をかざすと、海上の灯籠に灯りがついた。

「海面の上は歩けます。さあ!」
僕は人魚に促され、陸へ向かって歩いていった。

人魚が僕と引き換えに何を失ったのか、僕は知らない。


【コラボ小説】ただよふ6話の、海宝課長がバスの中で見た夢として浮かんだのですが、「澪標」の世界観とちょっと違うので、ショートショートに仕立てました。


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