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【創作大賞2023】さらぬわかれ 9


「オジサン、誰?」

 この村は小さいから、「祟りの子」と呼ばれている栄子を知らない人の方が珍しい。逆に栄子だって住んでいる村人を把握している。
 値段の高そうなスーツを着ている人間なんて、栄子がこの村に引っ越してきてからはじめて見た。ニコニコしているけど、どこか胡散臭い雰囲気である。

「『オジサン』……まあオジサンか。君と同い年の息子がいるからね。オジサンの名前は山村恒孝つねたか。恒太の父だよ」
「恒太のお父さん?」

 栄子は今まで恒太の父に会ったことがなかった。恒太自身、祖父や母親の話はするが、父親はまるで存在していないかのように話すことがなかった。

「……恒太のお父さんが、私に何の用があるんですか?」
 恒太の祖父に冷遇されたことのある栄子は、恒孝に対して警戒を解こうとは思えなかった。

「怖い顔をしないで。別に君をいじめようなんて思ってないからさ、ここの村人みたいに」
 恒孝は栄子が村人から疎外されていることを知っているようだ。

「僕はむしろ君の手伝いをしたいんだ。君はお姉さんの『祟り』を何とかしたいのだろう?」
「何でそれを……」
 「やっぱりね。僕は普段東京で仕事をしていて、この村にはいない。祟りとかに振り回されるのは、まっぴらだからね。君だって、祟りにはうんざりしているだろうなって思ったんだ」
くくっと恒孝は笑った。栄子はうっかり動揺してしまった。恒孝は栄子に揺さぶりをかけたのだ。

 栄子は恒孝が胡散臭いと感じた理由が分かってきた。
(この人、笑っているようで目が笑っていないんだ)
 恒太からの、栄子に向けられる優しい笑顔とはまったく違っている。

「僕は祟りの真実を知っているし、君さえ良ければ君の家に支援することも出来る。悪くないだろう?」
「祟りの『真実』?」
 恒孝が言うことは信用して良いのだろうかと、栄子は訝しんだ。

「ただ、条件がある。うちの恒太に、この村を出て東京の高校を受験するように君から頼んでくれないか?」
 恒孝の狙いは、栄子ではなく恒太だった。

 栄子は困惑した。
 恒孝の言うことを聞けば姉の桂を祟りから解放出来るかもしれない。
 しかし条件を飲めば、恒太と離ればなれになってしまう。やっと栄子は恒太への恋情を自覚したばかりだと言うのに。

 栄子は何も言えずにうつむき、押し黙ってしまった。

「──父さん!」
 栄子が頭をあげると、恒孝の背後に恒太が立っていた。
 ここまで怒りをあらわにした恒太を、栄子は見たことがなかった。

「この子に何を言ったんだ!すっかり怯えてしまっているじゃないか!!」
「僕は交渉していただけだよ。君も知らない『祟りの真実』を教える替わりに、君に東京の高校を受験するように説得してくれって」
「それは断っただろ?わざわざ校長室まで呼び出して、外堀から埋めるような卑怯なマネして。俺は絶対に父さんのところへは行かない!!」
 怒る恒太とは対照的に、不敵な笑みを浮かべる恒孝。

「すいません。ここは図書館ですのでお静かにお願いします」
 司書の女性が注意したと同時に、恒太は栄子の手を引いて恒孝の元から走り去った。

「こ……恒太、苦しい!」
 恒太に引っ張られ全力で走ったので、栄子は息が切れてしまった。
「ゴメン」
 栄子の声に我に返った恒太は、ようやく走るのを止めた。しかし恒太は栄子の手を離そうとはしなかった。

「何で……俺を避けるの」
息を切らしながら、恒太が問い詰める。
「な、何のこと?」
栄子はしらをきろうとした。
「受験勉強だったら、一緒にやれるだろう?それに、あの時栄子は、泣きそうな顔をしていた」
 恒太の真っ直ぐな視線に、栄子はこれ以上誤魔化すことは出来ないと悟った。

「……恒太。今から私が言うこと、信じられないかもしれないけど聞いて」

 栄子は丘の上の桜の木に幽霊が現れたこと、それが姉の桂の前世「さくら」であること、さくらと一緒に心中したはずの人はその時には死なず、未だに成仏出来ていないらしいということを話した。

「それで、栄子は心中相手の男の幽霊?を探し出す為に、手がかりが欲しくて図書館に行ったんだな」
「うん」

 恒太はしばらく「うーん。」と唸っていた。幽霊の話という時点で、信用性に欠けている。

「……栄子は嘘が下手だし、きっと本当なんだろうな」
 栄子の話は、恒太に何とか納得してもらえたようだ。

「恒太。さくらの相手の人『山村コウノシン』っていう名前なんだけど、何か心当たりはない?」
「俺と同じ名字なのか。微妙に名前も被ってるし……他人と思う方が不自然だな」
 恒太も栄子と考えが同じようだ。

『あの木のせいで、我が一族は……』
 恒太の祖父が栄子を屋敷から追い出した時に口走ったひとことが、栄子の頭をよぎった。

「恒太。お祖父さんから桜の木について何か聞いていない?山村のおうちに災いが降りかかったとか……」
「そういえば、小さい頃に『恒太が家を継ぐ時に、山村家について話しておきたいことがある』って言ってた!」

 恒太の祖父が伝えたかったことは、桜の木の祟りに関連することに違いない。

「じゃあ、父さんが言っていることも、あながちでたらめではないかもしれないってことか……」
 恒太は自分の父親を語る時、不快そうな態度になる。
 誰にだって苦手な人間はいる。最初は気にしないようにしていた栄子だったが、【祟り】の件が絡んできたので、無視する訳にもいかなくなった。

「ねぇ、恒太。お父さんとあまりうまくいってないの?」
 栄子から聞かれたことが意外だったのか、恒太は目を丸くした。

(そうだ。私は恒太に助けてもらってばかりで、恒太が困っているときに何もしてこなかった……)

 恒太の表情がゆっくりと崩れていき、
「うん。俺は父さんが苦手なんだ。あんな人、出来れば栄子に会わせたくなかったよ」
と悲しそうに答えた。

「じいちゃんと父さんは、俺が生まれる前から反りが合わなかったらしいんだ。俺の覚えている一番古い記憶は、じいちゃんと口論して父さんが家を出ていったことだ」

 恒太の祖父は激しい気性である。栄子は容易にその場面を想像することが出来た。

「でも……俺が許せないのは母さんに全てを押し付けて出ていったことなんだ」
 恒太は苦々しい表情を浮かべた。

「恒太のお父さんは、波留さんや恒太に会いには来なかったの?」
「数年に一度。ふらっとやって来て、悪びれた様子もなくふらっと帰っていく。それでも母さんは怒らないから……」
 恒太は言葉をつまらせた。複雑な感情が渦巻いているのだろう。

「ごめん、栄子。不快な話を聞かせて」
「ううん。私ばかり助けてもらってるから、恒太の話を聞けて良かったよ」
 栄子は恒太と心の距離が縮まった気がした。




#創作大賞2023

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