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【コラボショートショート】くまと肉まんと弓張り月

1996年、春。
無事に大学生になった俺は、これから始まるキャンパスライフに胸を躍らせていた。

出来ることなら小柄で目の大きな可愛い女の子と付き合いたいと思いながら、構内を歩いていると、後ろから熱い視線を感じた。

「早速、出会いが!?」と期待し、振り返ると、そこには、小柄で目の大きな「男の子」が、キラキラした目でこちらを見つめていた。時代はアムラーブーム、女子高生がミニスカ・ルーズソックスを履き、男性のファッションもビッグシルエットで腰履きの時代に、その男は自分の体型にあった服をきちんと着ていた。

興味をそそられた俺は、その男に話し掛けてみた。

「はじめまして…だよな?ずっと見ているようだけど?」
声が太いせいで、俺はどうしても声が大きくなってしまう癖がある。

「はじめましてです!ジロジロ見ていてすいません。背が高くて良いなあと、思ってました。」
男は、俺に負けないぐらい大きな声で返事した。俺は、大きな体躯を「熊のようだ」と馬鹿にされることは多いが、この男の言葉に嫌味を感じることはなかった。

「お前、気に入った!俺は志津しづ芳実よしみ!お前の名前は?」

「僕は海宝かいほうこうです。政治学科の1年です。」

「あ~、俺も1年だし、敬語なんて無し無し!これから宜しくな!」
俺は手を差し出した。

「宜しく、志津さん」

「芳実と呼んでくれな、航!」

「……じゃあ、志津。」
小さめだけど形の綺麗な手が、俺の手を握った。

それが、俺と海宝航との出会いだった──

俺と航は、弓道部に入部した。それは、申し合わせた訳ではなかった。

「まさか、部活が一緒になるとは思わなかったよ」
航が弓道着に着替えながら言った。

「バスケ部やバレー部、相撲部から勧誘されたけどな!実家の近所に弓道場があって、通っていたから身近だったんだ」

「そうなんだ。僕は高校時代弓道部だったんだ」

航の弓を引くまでの一連の所作は、とても美しく、的を射るのも正確だった。

「すごいじゃないか!もしかして、全国大会とか行ったことあるのか?」
俺は興奮気味に、航に尋ねた。

「いや、全国までは行ったことはないよ……」
航の返事は素っ気無いものだったが、俺は特に気にはしなかった。

航は、打ち解けるのに時間がかかったが、いったん心を開くと、将来の話や好きな本の話をしてくれた。俺はあまり絵の無い本は読まなかったが、航が内容を楽しげに語っているのを聞くのは面白かった。
俺の方からは、主に恋バナをしていた。航は呆れた顔をすることもあったが、ちゃんと聞いてくれていた。

弓道部には多少理不尽なしきたりがあって、部員は黙って従っていたが、航は真っ向から部長に噛み付いていた。航自身に弓道の実力があるから、部長も航の意見を否定はしきれなかったが、明らかに苛々が募っていった。

ある冬の日、事件は起こった。この日も航と部長は諍いを起こしていた。口論がエスカレートしてきたので、俺は航を必死で諌めた。

「志津!お前が海宝をきちんと管理してないから、こっちは迷惑してるんだよ!」
部長の怒りが、俺の方に飛び火してきた。

「部長、志津は僕のこととは関係ないでしょう?」
航が俺を庇ったのが、部長の怒りに油を注いでしまい、拳が勢いよく航に向かってきた。小柄な航が殴られでもしたら、大怪我をしてしまうと思った俺は、咄嗟に航の前に立った。殴られた俺は気絶して、保健室に運ばれた。

目を覚ますと、航が眉間にしわを寄せて俺の顔を覗き込んでいた。

「志津、何で僕を庇ったの」

「何でって…そんなことも分からないのか?」
普段温厚な俺だが、殴られたことと、航の発言が悲しくて、涙がとめどなく溢れてきた。

「俺、部活早退する」
航が付き添おうとしたが断って、俺は1人アパートへ帰った。

部屋は暗く冷えきっていたが、暖房もつけず布団にくるまってふて寝してしまった。

夜9時ごろ、家の電話が鳴った。航からだった。雑音が入るので、公衆電話からかけたのが分かった。

「今、家出られる?志津のアパート近くのコンビニにいるんだけど」
俺はアパートを出て、コンビニに向かった。

「航!」
俺は吠えるように航を呼んだ。

「志津、さっきはすまなかった。痛かったよね。庇ってくれたのは、僕を思い遣ってくれたからだよね。本当、ごめん!」
航は、涙目になりながら殴られたところに手を添えた。

「もう、あんな向こう見ずな発言するなよ」
俺はニッと笑い、航の頭をくしゃっと撫でた。

仲直りした後、航はコンビニで肉まんを買ってくれた。自分には缶コーヒーを買っていた。2人で近くの公園に行き、ベンチに座った。

大きな口で肉まんを頬張ると、航が姿勢良く缶コーヒーを飲みながら「美味しそうに食べるところを見て、安心したよ」と顔を綻ばせた。

弓張り月が冬の西の空で白く輝いていた。

【完】


志津さんは寒いのが苦手そう。
アウターはダウン派な気がします。


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